流行歌だけに興味をもつ子

 小学校五年生の子どもですが、流行歌やコマーシャルソングには興昧がありますが、学校で習う歌に関心がありません。家ではクラッシック音楽などを時折り聴かせたりするのですが、いつこうに効果がありません。何かよい指導があるでしょうか。
 今、家庭の中、街の中に休みなく流れている音楽、その大半は、流行歌に属するものやコマーシャルソングの類といってよいでしょう。まさに、お子さんたちは、このような音楽の渦の中で育っているのです。流行歌やコマーシャルソングは、取り立てて覚えようと意識したり、努力したりしなくても、年中耳から入ってくるのですから、自然に身についてしまうのです。身につくばかりでなく、それについて興味や関心を高め、耳を肥やしてきているのです。常に周りから入ってくる音によって形成されてきたものと考えると、ちょうど、大阪で育ったお子さんが、あの大阪弁特有の旋律やリズムを自然に身につけていくのと同じなのです。
 このようなマスコミを中心とした教育力に対して、週二時間、学校で習う歌はとても立ちうちできません。まして、家庭で時折りCDで聴くクラッシック音楽も立ちうちできるものではありません。それほど、今、マスコミの教育力は強大化しているのです。

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 このような時代の中で、学校で習う歌も、お母さんの時代に比べて、ずいぶんポピュラーなものが採り入れられて、バラエティーに富んできています。それだけ美しさを求める範囲が広がってきたのでしょう。
 小学校の一年から六年生まで、音楽の教科としての共通の目標をみますと、
 音楽の美しさを感じ取らせるとともに、音楽についての興味や関心をもたせ、音楽活動をしようとする意欲を育てる。
 音楽経験を生かして、生活を明るく、楽しく、潤いのあるものにする態度と習慣を育てることを目指しているのです。ここにかかげられている、美しさ、明るさ、楽しさ、潤いなどの情緒性、感受性をどのような音楽に求めるかということが、今、まさに動いているといってよいでしょう。
 小学校五年生のOさんは、最近、二つの、まったく性格のちがう音楽会に行き、次のような作文を書きました。「一つは、お母さんとお姉さんと三人で聞きに行ったオーケストラの演奏会です。会場ははじまる前から静かでした。演奏が近づくとプログラムをめくる音もしないほどです。いよいよ指揮者が台の上に立ち、はじまるかなと思ったとき、会場の中から咳が一つ聞こえました。そのため、ほんのちょっと会場の空気がゆれるような感じがしました。指揮者は、ピタッとその空気のゆれが止まるまで指揮棒をふろうとしませんでした。そして、演奏がはじまると、広い会場の中にだんだんとオーケストラの響きと自分だけがそこにあるような気持ちになって、音楽が心の中にいっぱい広がってくるのを感じたのです。
 もう一つは、お兄さんとお姉さんと行ったフォークコンサートです。会場は野外の広場で、若い人たちでいっぱいでした。それに、集まってきた人たちがCDを持ちこんだりして、はじまる前から大さわぎなのです。そして、コンサートがはじまると、みんな演奏や歌に合わせて手拍子をうったり、立ち上がって歓声を上げたり、まるで、舞台と客席とが一つになってしまうのです。気がついてみると、私も、体中がリズムに乗ってうきうきし、手拍子をうったり、足ぶみをしたり、知っている歌を口ずさんだりしていました。
 私は、この二つの音楽会のどちらも、とてもすばらしいと思いました。それは、オーケストラの演奏とフォークコンサートでは、様子はまったくちがっていましたが、演奏する人たちと聞き手の心が一つになって会をもり上げていたからです」
 お子さんたちの音楽性は、大人が考えているより、はるかに柔軟性に富んでいるようです。決して、その本心は、これか、あれかというように偏しているわけではありません。その場に応じて、音楽との触れ合いを楽しんでいるといえましょう。
 ただ、一つだけ留意したいことは、どのような音楽にしても、できるだけ生の音楽に触れる機会を多くもつようにすることです。なるほど、音楽は音の世界ですから、音だけあればという考えもあるでしょう。しかし、機械をくぐりぬけた音だけでは、音楽に対するほんとうの興味や関心はおこってはきません。Oさんの作文に述べられているように、音楽を演奏する人、演奏する楽器、演奏する場所、演奏を聴く人など、音楽を創りだす、生き生きとしたそのものに触れること、そこに参加することがお子さんの心をゆりうごかすのです。
 高学年になって、合唱曲を苦労して仕上げ、学校の音楽会で発表したりする経験が、それまであまり興味や関心を示さなかったクラッシック音楽を愛好するきっかけになるということがよくあります。このようなお子さんの変化の背景には、生の音楽に触れてきた感動の経験が素地としてあり、それが、自らを、生の音楽に置くことによって触発され、動機づけられたものと考えられるのです。
 また、生の音楽に触れることは、強大化したマスコミの教育力の渦の中で、お子さん自らが、個性に応じた選択力を身につけていくことにもつながっていきます。
 マスコミに支配されるのではなく、自らの音楽性を自らの手で守り、育てる手だてを、ぜひ考えて、実践してください。

特定の学科だけ好きな子/ 特定の学科だけ嫌いな子/ 国語を好きにさせるには/ 辞書を利用させるには/ 作文の嫌いな子/ 読書の嫌いな子/ 算数を好きにさせるには/ 計算間違いの多い子/ 理科好きにさせるには/ 実験器具の与え方/ 社会科を好きにさせるには/ 地図や図鑑の利用/ 地域観察とは/ 図画工作を好きにさせるには/ 怪獣の絵ばかり描いている子/ 音楽好きにさせるには/ 流行歌だけに興味をもつ子/ 家庭科を好きにさせるには/ 家庭科と男の子/ 体育好きにさせるには/ 水泳の教え方/ ダンスと男の子/ 英語好きにさせるには/ 辞書を引きたがらない子/

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