市民の学習権

 国民の学習権が国民主権と一体のものであり、前者は後者の実質を保障するものであるとすれば、国民の学習権は、とりわけ市民の学習権として、その主権者としての自覚と、それを裏づける政治的学習を中心にするといってよい。それは、主権者国民としての、その主体性を支える敦養への権利、政治的あるいは公的情報に近づき、それを知る権利を合んでいる。
 かつて主権が国民に存在するなどということが考えられなかった、いわゆる旧体制のもとで、国民が支配の対象であるということは、同時に国民が真実から切り離されているということでもあった。そこでは、真実と国民の関係は、いわば単純な断絶であり、「依らしむべし、知らしむべからず」の原則が支配していた。この事情はわが国においても同様であった。一国の暴政と国民の無知は分ち難い関係にあったといってよい。

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 かつて福沢諭吉は、その「学問のすゝめ」において、愚民の上に苛き政府あれば、良民の上には良き政府あるの理なり、一国の暴政は必ずしも暴君暴吏の所為のみに非らす、其実は人民の無知を以て自ら招く禍なりとのべ、人民が暴政を避けんがために学問に志すことをすすめた。
 「学問のすゝめ」はその生涯にわたっての学習のすすめであったが、とりわけそれは一国独立を担う市民の教養(形成)を課題としていたといってよい。
 ところで、近代国家は、大衆教育の機会を整備し、義務教育は普及し、国民と真実との関係には、かつてのそれとは異なった問題状況が現出している。それは、旧休制のもとでの「依らしむべし、知らしむべからず」の関係から一変し、教育の普及は、国民に真実が知らされているというたてまえのもとで、少数者の政治支配が貫徹している。それは情報を管理統制し、人の内側を制することによって可能である。
 ナチズムが義務教育の普及したドイツを支配し、独裁は人民の無知のうえに君臨するという古典的テーゼが再検討をせまられたとき、ナチズムの研究家S・ノイマンは、教育と文化政策を通しての大量の政治的文盲に支えられて独裁は可能となったのであり、その意味でなお、独裁は民衆の無知に依拠するという古典的テーゼは誤っていないと論じていた。教育によって文盲はなくなっても、政治的文盲という新たな無知を、教育そのものがっくり出していたと考えれば、高い教育水準のうえに独裁がなぜ成立したかのなぞは解けるというのである。この問題はナチに限らず現代の大衆デモクラシーにおける支配のからくりに共通しているといってよい。アメリカのラディカルな社会学者W・ミルズも、大衆デモクラシーにおける支配のからくりを大衆操作に求め、それを可能にする現代社会の特徴の一つに真実からの疎外をあげ、学校は知的凡庸と国家への忠誠心の礼拝場と化し、権力はマスコミを通して国民に気づかれないように秘かにその思うように世論を方向づけるところにその支配の特徴を見出している。
 この分析の正しさは、エルズバーグ事件や、ウォーターゲート事件を通して、いまや誰の目にも明らかになったといってよい。
 このような状況のなかで、市民の真実を知る権利、学習と探求の自由が自党されてくる。それは必然的に、とりわけ政治的公的情報に関する知る権利へと発展していく必然性をもっている。
 市民の、真実を知る権利、学習の権利は、このような現実のなかで、国民主権の真の実現の課題と結びついて自党され、主張されている。そしてそれは、「国民の知る権利」を、憲法的権利として確立することを求める動きへ発展しつつある。

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