子どもと青年の学習権

 国民の学習権は、全国民の、その生涯にわたっての権利である。しかし、それはまず、おとなとは違う子どもの権利、古い世代をのりこえる新しい世代の権利の確認と結びついて、発達の可能態としての子どもと青年の人間的成長、発達の権利として発現する。
 子どもと青年も、人間である限り、人権の主体である。子は親の所有物ではなく、独立した人格である。同時に子ども、青年は、成人とは違った存在としての固有の権利をもっている。子どもの発見と子どもの権利の思想こそ、近代教育思想の遺した最大の遺産だといってよい。

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 子どもは弱く生まれる。その生存と成長のためには格別の保護と養育が必要である。子どもは未熟な存在である。しかし、その未熟さは、完成したおとなのモデルとの比較においての未熟さとしてではなく、今日のおとなの予測を越えて、その多様な能力と個性を開花する、まさしく発達の可能性に充ちた存在としてとらえられるべきである。この意味において、子どもの権利とは、古い世代をのりこえる新しい世代の権利だといってよい。子どもや青年は、家族や学校、地域社会の援助と指導のもとで、文化の伝達と学習を通して、その社会の成員となる(社会化)と同時に主体的に自らの運命を選ひとり、未来を切り拓く力を身につける。子どもは子どもであると同時に未来のおとなである。
 学習と探求的活動は、人間の本性に他ならないが、それが探求反射とよばれるように、とりわけ子ども、青年にとって、学習活動は、生存そのもの、生活そのものだといってよい。子どもの人権とは、その現在の生存の保障とともにその将来に亘っての人間的成長、発達の権利を中軸とする。そしてその人間的発達のためには、それにふさわしい学習を不可欠のものとする。人権の基底としての生存と生活の権利は、子どもにとっては、その発達の節々にふさわしい人間的発達と学習の権利を含んではじめて有意味なものとなる。
 しかも、もし子どもの発達と学習の権利が充足されなければ、その職業選択の自由の幅は実質的に制約され、幸福追求の権利も色あせる。のみならずある場合には、この権利の行使が社会的に有害な機能さえ果しかねない。政治的文盲が、選挙権を行使する場合の危険性などはその最たるものといえよう。
 こうして、子ども、青年の発達、学習の権利は、子ども、青年の人権の中核であると同時に、その他の人権の条件となり、それを内実あらしめるものであり、その意味において、それはまさしく人権中の人権だといえよう。
 しかも、子ども、青年の人権の保障は、その両親(家族)の文化的な生存と生活のための基本的権利が充足されているかどうかということと密接に関係している。子どもの人権が守られるためには親の人権が守られればならない。親の人権(生存権、労働権、文化への権利、学習権)が保障されていない社会で、子どもの権利が守られるはずはない。親自らがその学習権を自覚し、自由な探求の主体として不断に努力することは、そのまま子どもの発達権と学習権保障の条件となる。

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