教育基本法体制

 今日では教育は、人間が人間となるために不可欠のものであり、それ自身が人権の一つであると同時にその他の人権を意味あるものにするための手段でもあるという、二重の意味をもつものとして自覚されてきている。これは世界的な動向である。そして、わが国の憲法と教育基本法を支える思想もこの点を共通の基盤としているといってよい。
 しかし、日本の教育の現実は、それを権利として認めるには、余りにいびつな問題に充ちている。教育への国の介入が強まり、学校は管理体制のもとに自由な雰囲気を失い、そのうえ教育を能力主義が支配し、学校が競争と選抜の場でしかないと思われたとき、その教育を受けることを権利としてとらえることはきわめて困難である。今日、社会科の教師が、人権のなかに教育への権利を位置づけて教えようとしても、生徒の方から、こんなものが権利だといわれてもそれはご免こうむりたいと言い出しかねない現実があるからである。教育を受けることは、時に苦しみを伴いつつも、それは、新しく何かを発見し、自分の精神に新しい世界がひらかれていくのだという確かな手ごたえがあってはじめて、教育は自分たちにとって、他に譲り渡しえない、放棄できない権利としての自覚と責任も生まれてくるといえよう。他に譲り渡しえない、放楽しえない権利とは、それを放棄すれば、自分の人間としてのあり方に大きな欠損を生することが明らかであり、そのことによって、人間が社会の一員としての責任を担いつつ自らの生を選択することにとって、重大な障害を生ずることになるからに他ならない。

スポンサーリンク

 ところで、教育を自分たちにとってかけがえのない権利として自覚するということは、第一部でみたように、人間の歴史のなかでも、そんなに古いことではない。
 たとえば、ヨーロッパでは、近代市民革命を通して人権思想が確立してくるが、その人権思想の深まりのなかで、教育への権利は、一つには精神の自由の一環として主張され、二つには国民主権と両輪をなすものとして論じられ、現実のものとなっていく。そして、さらに権利としての教育の思想は、労働者大衆の自覚的運動に担われつつ、労働への権利、政治への権利の要求と合わせて思想的にも深められ、生存権的基本権の一角を担うものとしての位置づけを得ることになる。
 この間、教育思想の面でも、子ども、青年が、おとなとは運う発達の可能性をもった存在としてとらえられ、教育への権利が、子ども、青年の固有の権利の一つとして自覚されてくるというもう一つの系譜が、人権思想の深まりと呼応し、それと合流するなかで、国民の学習権を軸とした国民教育権の思想が展開されてきた。子ども固有の権利としての学習権は、子どもの発達の権利の一環として位置づくものであり、ここでも、学習と教育は、生存、発達の権利の思想と相互に深め合い支え合う関係をもち、さらに、教育実践、とりわけ障害者教育へのとりくみのなかで、発達権と学習権が固く結びつけられることによって、教育への権利の思想はより強固な人間論的土台のうえに据えられてきたといってよい。
 そして、これらの動向に呼応して、法律論においても、国民教育権理論が構築されつつあるというのが、今日の動向だといえよう。そしてこれは世界的動向でもある。それだけにまた、教育権の思想とその理論化の課題とともに、それを日本の教育の現実のなかに根づかせることは容易ではない。とりわけ、戦前的思考と現代福祉国家理論が癒着して強化しあっているわが国では、その困難は著しい。そこで、今日の教育の仕組の根幹をなしている憲法、教育基本法体制が、戦前の天皇制教育体制の否定の上に成立したことの意味と、その内容を明確にとらえておくことがます必要となってくる。教育勅語を頂点とするこの体制はいかなるものであったのか。教育基本法体制は、いかなる意味で教育勅語体制の否定であったのか。そして、両者の本質的差異が、戦後改革の当時、どこまで深くとらえられていたのだろうか。

子どもの発達と子どもの権利/ 新教育と子どもの権利/ 子どもの権利の構造/ 日本での子どもの権利の歴史的背景/ 子どもの権利の内容/ 子どもの権利は誰が守るか/ 人権と子どもの権利/ 学習権の問題/ 権利としての学習権/ 市民の学習権/ 住民の学習権/ 子供と青年の学習権/ 報道の自由と国民の学習権/ 学問の自由と国民の学習権/ 国民の教育権と学習権/ 問題としての教育権/ 国民主義と国民の学習権/ 子どもと青年の学習権/ 親の教育義務とその信託/ 学校と教職員の責務と権限/ 教育行政の責任と住民自治の原則/ 教育基本法体制/ 教育の淵源としての国体/ 学問教育の自由/ 義務教育の概念/ 教育基本法の成立/ 憲法と教育基本法/ 教育の目的/ 争点としての教育目的/ 教育行政の理念/ 教育基本法体制成立の意義/ 教育勅語の処理問題/ 地方自治原則の位置づけ方/ 戦後教育改革の抽象性/ 民主化の行き過ぎ是正/ 期待される人間像と教育基本法/ 国民教育運動の展開/ 学力テスト判例の蓄積と最高裁判決/ 戦後日本での法と教育の特殊性/ 教育固有の価値と教育法/ 人権の歴史性と普遍性/ 教育の自由と権利の展開/ 人権中の人権としての学習権/ 教育認識の発展と教育条理/

       copyrght(c).子育てと育児.all rights reserved

スポンサーリンク