教育の目的

 教育基本法は、教育理念が「憲法の精神に則る」ものであることを確認し、民主的で文化的な国家の建設と、世界の平和と人類の福祉に貢献する新しい国づくりの決意に基づいて、そのために、個人の尊厳を重んじ、真理と平和を希求する人間の育成を期するとともに、普遍的にしてしかも個性ゆたかな文化の創造をめざす教育を普及徹底すべきだとのべるとともに、さらに、その第一条で、教育の目的をつぎのように規定している。
 「教育は、人格の完成をめざし、平和的な国家及び社会の形成者として、真理と正義を愛し、個人の価値をたつとび、勤労と責任を重んじ、自主的精神に充ちた心身ともに健康な国民の育成を期して行われなければならない。」

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 この前文と第一条を併せて、教育の目的規定とみることができる。個人の尊厳を重んじ、真理と平和を希求する人間の育成が、同時に、平和的で民主的な国家及び社会の形成者としての国民の育成に通じ、個性ゆたかな文化の創造が、同時に、普遍的な価値を担い人類の福祉に貢献できると考えられている。
 これは過去の偏狭な国家主義と、侵略的な軍国主義教育との訣別の宣言であった。すでにのべたように教育刷新委員会第一特別委員会の教育基本法要綱案には、基本法前文として従来のわが国の教育が、真の科学的精神と宗数的情操とが軽んぜられ、徳育が形式に流れ、教育は自主性を失い、ついに軍国主義的、又は極端な国家主義的傾向をとるに至った。と過去の誤りを率直に反省し、それを改める決意がのべられていた。この部分は、新しい教育を律すべき法律において過去の教育の欠陥にまで言及することは、新しい文化的な国家の建設の上に、かえって暗い影を投げかけるであろうといういらざる配慮から、さらに、前文があまりに冗漫に流れるという体裁上の理由から、成文からは除かれた。
 しかし、この要綱案はその立法の意思を知るには十分であろう。そして超国家主義や軍国主義との、反民主主義的、非科学的精神との訣別は、それに代わる新しい理念の高さにおいて、より積極的に示されることも確かである。人格の完成をめざし、個人の尊厳を重んじ、真理と正義を求め、平和で民主的な国家と社会をつくり出し、人類の福祉の実現を担う人間と国民の育成という高い理想が、そこにはあった。教育は国家の呪縛から解放され、国家ノタメの教育は、個人の尊厳と価値を機軸とし、真理の前になにものをも恐れない科学的、探求的精神の開発が求められる教育にとって代わった。真理と正義を希求する人間を育てるためには、「学問の自由」が尊重されなければならないとあるのは、そのためであった。
 もちろん、この法の成立過程では、これらの教育理念と教育目的について、意見は多様に分かれていた。教育刷新委員会の論議をみても、たとえば民主教育について、「民主教育なんてことは、日本では百年かかってもできるかどうか判らないのだから、そんなにたやすく民主主義なんてことを言うべきではないんだ」という芦田均の発言をめぐって激論が交わされたし、務台理作の「個人の尊厳」の主張に対して天野良祐は「公けの為」に生きる「奉公」を強調した。全般的にみても、教育刷新委員会の意見は、芦田均、天野良祐の保守派、務台理作、南原繁、森戸辰男の進歩派の線で緊張したが、結果は、後者の主張がより多く成文に反映しているとみてよい。
 また要綱案には、教育の目的として、「教育は、人間性の開発をめざし、民主的、平和的な国家及び社会の形成者として、真理と正義とを愛し、個人の尊厳をたっとび、勤労と協和を重んずる、心身共に健康な国民の育成を期するにあること」とあった。教育刷新委員会案の「人間性の開発」が「人格の完成」に変わるについては激しい論議が交わされた。後者に強く固執したのは田中耕太郎文相、文部省、法制局のラインであった。その理由は、「人間性という言葉は一般に熟していないので法律用語とすることに対する疑問」であったが、より重要な理由は田中耕太郎文相の人格と人間性の理解にあった。田中耕太郎は、後年「教育基本法の理論」において、この理由をこう説明している。
 「人間性を現実的に解するならば、それには物質的方面と精神的方面とがあり、また善に煩く性質と悪に煩く性質とがある。もしこれを人間のあるべき姿すなわち理想的の性質と解するならば、人格の観念を以て表わすところに内容的には一致するであろう。要するに人格の完成は、完成された人格の標的なしには考えられない。そうして完成された人格は、経験的人間には求め得られない。それは結局超人間的世界すなわち宗教に求めるほかはないのである。」
 この説明みすがらが示しているように、これは宗教的色彩の強い抽象的観念であった。田中耕太郎はそれゆえにこの観念に固執し、教育刷新委員会の大勢は、それゆえにこれには批判的であった。そこでは人間性の開発はすべての人間に共通する人間的ゆたかさの開花をめざす概念として主張されていた。

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