争点としての教育目的

 教育基本法の教育目的は、人間の育成と国民の育成の統一という難問を提起した。二つの視点の統一はいかにして可能かという問題は、政治哲学と同時に教育哲学の根本問題の一つである。人間といい人類といっても、それは依然として課題にとどまる。しかも、今日、国民国家が国際社会の単位を形成しているという歴史的現実のもとでは、国民の視点に媒介されない人類の理想は虚しい。個人と人類は国民に媒介されてはじめて、その統一が可能である。のみならず占頷下の日本は、社会の民主化による人民主権の確立と同時に、独立による国家主権の回復という二重の課題を果たさねばならなかった。

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 民族の独立の課題を抜きにして、人格の完成を語り人類の平和を語ることは、非現実主義という批判をまぬがれえない。問題は、自立した国民が閉じられた自己愛の国民であるのか、それとも、普遍へと聞かれた特殊として、そのナショナリズムが、インターナショナリズムを志向するものであるかどうかにかかっている。教育刷新委員会はもとより、教育基本法審議のための特別委員会においても、まさにこの問題は、論議の一つの焦点となった。
 貴族院の特別委員会で、佐々木惣一議員が、「祖国観念の涵養」について政府の見解を問うだのに対し、高橋誠一郎文相は、「健全なる祖国思想の涵養は、御説の通り教育上重視しなければならないと考える。したがって第一条において、「教育は、人格の完成をめざし」という言葉につづいて、「平和的な国家及び社会の形成者として」とのべており、又「自主的精神に充ちた心身ともに健康な国民」とうたっている。更に前文第二項において、「普遍的にしてしかも個性ゆたかな文化の創造をめざす教育」とあるのは、健全なる国民文化の創造、ひいては健全なる祖国愛の精神の涵養を含むものと考える。人格の完成、これがやがて祖国愛に伸び、世界人類愛に伸びて行くものと考える」と答えた。
 文部省審議定参事として法文の作成の中心的役割を果した田中二郎も教育基本法の成立直後、第一条の解説でこの点について、つぎのようにのべている。
 「ここに、国家有用の人物を錬成することを目的とした在来の偏狭な国家主義的教育から解放され、発展してやまない人間の諸能力諸要素の統一調和の姿である人格の完成をめざして教育が行なわれなければならないことが明示されている。そこでは、単に国家に有用の国民としてでなく、広く国家及び国際社会を含む社会の形成者?単なる成員ではないとしてふさわしい条件(新憲法の精神に則り、真理と正義とを愛し、個人の価値をたっとび、勤労と責任を重んじ、民主的精神に充ちた心身ともに健康な)を具えた国民の育成を期して行なわれるべきことが要請されているのである。こうした敦育こそが、やがて世界的であるとともにしかも真の日本国民を育成することになるのであり、又普遍的であるとともにしかも個性ゆたかな日本文化を創造することになるであろう。」国民と人類は高い次元で統一が目指されていた。

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