地方自治原則の位置づけ方

 戦前の教育行政は、行政一般のあり方と軌を一にして国家の官僚的統制下におかれていた。そして戦後教育改革は、中央政府による画一的統制的あり方を変えて、地方自治の原則を採用するとともに、教育行政は指揮、監督ではなく、指導、助言であることを旨とした。
 地方自治の原則は、憲法九二条の規定にあるように行政一般の原則でもあった。戦前、行政の中心として威力を誇った内務省は解体され、地方自治体の権限は強化され、警察行政と並んで重要な役割をもった教育行政も、公選制の地方教育委員会の設置を中心として、地域住民の意思に基づいて行なわれるべきことが原則となり、そのための新しい仕組がつくられた。
 これは、近代民主主義国家の原理にそうものであった。近代国家においては、「憲法は政府に先立ち、人民は憲法に先立つ」というトマス・ペインのことばが端的に示しているように、人権の原理を国家の起源に先行するものとして自覚し、国家は、人権尊重とそれが侵される場合にその人権の保護の責任をもつことを基本とする。そこでの憲法は、その人権のアナロジーとして、地方の自治権に対しても、それを国家に侵されない固有のものとして定立する思想を合んでいた。地方自治は、国家から伝来し、それに依存するものではなく、地方権は、地方に固有のものという考え方は、市民革命の政府によって強調されたものであった。歴史的にみても、地方都市の自治は、近代国家に先行するものである。

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 こうして、近代国家は、地方自治を前提とし、ないしは、少なくともそれに尊敬の意を払うことを当然のこととしていた。人権保障を中核とする近代憲法のカテゴリーに属する日本国憲法も、地方自治の本旨に基づく行政のあり方を規定しているのは、当然のことといえよう。
 ところで、この当然のことが実は、その立法過程において一つの問題をはらんでいた。
 地方自治の規定は、政府案はもとより民間私案にもみられず、司令部原案によって示されたものであった。しかも、そこでは、首都地域・市・町の住民は法律の範囲内に於て、彼等自身の宏章を作成する権利を保有する」となっていた。しかし、現行憲法は地方住民が地方公共団体となり、憲章は条例及規則と改められた。このことが示すように、地方自治の主体は地方住民であるというかんじんの本旨が、この条文のなかから、いつのまにか姿を消してしまうという結果になったのである。
 そして、このような成立過程が暗示しているように、地方自治の根拠について、固有説ではなく、伝来説に立つ発想が強かった。そこには戦前の行政認識の影響を色濃く残していた。因に、戦前の学界で逆説的地位を確立していた美濃部達吉の行政学説によれば自治体の権限の根拠はつぎのように説明されていた。
 「凡て自治体は、国家の之を認むるに依りて始めて成立するものにして、国家以前に自治体あることなし。自治体の事務は、凡そ国家より分配を受けたるものにして、自治体に初より固有なる事務あるべき理由なし。此意味に於て言えば、所詮固有事務と雖ども、亦国家より委任せられたるものに外ならす。故に固有事務と委任事務との区別は、一は自治体に固有なる事務にして、一は国家より委任せられたる事務なるの限りに非らず、其区別を生するは専ら国家が其事務を委任する方法の異なるに因る」。
 辻清明は、これを引きながら、美濃部説は戦前のわが国の多くの公法学者の間の通説であり「それが法律関係という側面からのみ考察されているかぎり、戦後の現在でも、ほとんど大半の公法学者は、この伝来説の支持者」であるとのべている。
 行政法学界の重鎮田中二郎もこのことを認め、戦後の行政法について、つぎのようにのべている。
 「戦後の改革変遷がきわめて著しく、しかも、今日までその変革過程が続いているためではあろうが、われわれ学究の非力と怠慢のためもあって、美濃部理論に代わるべき確固たる通説というべきものは、未だ形成されるに至っていない」「今日では、単に行政法の部分的な解釈理論の修正又は転換にとどまらず、これらを総合して、行政法全体を理論的に再編成すべき時期に到達している。」
 「憲法は変われども行政法は変わらず」というマイヤーの名言は、ここでも典型的に生きているといえよう。そしてその公法学説の背骨となっているものに国家法人説がある。
 国家法人説は、松下圭一によれば、「一九世紀ドイツ国家学における君主主権と国民主権との政治対立を、それぞれ機関化して、抽象的な国家主権へと止揚した理論虚構」であるが、「註解日本国憲法をはじめ戦後の憲法学が、天皇機関説にかわって国民機関説を提起するにすぎないかぎり、戦前の体制イメージの法技術構成としての国家法人前は無傷で戦後に継承された」という。さらに、「戦前は、天皇は国家の主体であるか国家の機関であるか、というかたちで憲法争点が提起されたが、戦後は、国民は国家の主体であるか国家の機関であるか、が憲法争点となるべきなのである」とのべる。新憲法は天皇機関説を国民機関説にかえたが、真に国民主権に基づく国家論は構築されず、それはたえず空洞化の危険にさらされているといってよい。
 教育の理念とその構造の転換についても同じパターンがみられる。憲法二三条に学問の自由が規定され、二六条に教育を受ける権利の規定がみられることは、戦前、国民の思想、信条の自由が奪われ、教育は国民の三大義務の一つとして位置づけられていたこととあざやかな対比をなすものであった。にもかかわらず、法解釈のレベルでは、ここでも、註解目本国憲法に代表されるように、それを国家による義務教育の百パーセント実現の意味に解して、教育を国の側から規定するも、国民の側から規定するも、義務教育の実質に変わりはないと説かれたが、そのことは、教育を受ける権利が憲法上に規定された歴史的意義について理解を欠き、教育についての戦前的思惟が根強く残っていることを示している。
 また、教育の自律性と教育の分権化に関しても、教育基本法一〇条の、教育行政の責任と限界についての明確な規定にもかかわらず、中央教育行政の地方教育行政への官僚主義的統制と教育内容に関する権力的介入があとを絶だない。のちにみるように、教育における地方自治と住民の教育権を規定した教育委員会法そのものが廃され、それに代わって任命制教育委員会が出現したことは、そのことの最も露わな表われであった。

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