期待される人間像と教育基本法

 一九六〇年代に入ってからは、教育政策は高度成長政策と一体のものとしてすすめられ、教育に能力主義と多様化、格差政策が導入されて、教育は競争、選別体制へと変質し、政府と企業に好ましい期待される人間像がつくられることによって、教育の目的も教育基本法のそれを実質的に修正することが企てられた。
 憲法、教育基本法体制は、安保体制下の高度成長政策にとって障害であった。池田内閣の荒木万寿夫文相は、全国都道府県教育委員長、教育長合同臨時総会での挨拶で、教育の基本的な目標が、日本人としてりっぱな人を育てることにあるとすれば、「教育基本法はいささか足りないところがありはしないか」と発言したが、参議院文教委員会ではさらに端的に憲法、教育基本法の改正の必要を、つぎのようにのべた。
 「終戦直後の米軍の占領政策は、日本をどのようにして立ち上れないようにするかに根本目標があった。現行憲法は、このような考えのもとに草案を押しつけられたもので、この憲法に従って、さらに教育基本法がつくられた。したがって憲法も教育基本法も、日本人の総意が盛られ、自由な意思が表明されているとはいえない。憲法については憲法調査会が足かけ四年にわたって再検討しており、教育基本法についても、総選挙後、広く学識経験者を集めて再検討にとりかかりたい」。

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 荒木文相は、その公約に従って、教育目的の改変を中央教育審議会に諮問し、それを受けて、期待される人間像の検討がはじめられた。この間、全国一斉学カテストが強行され、教育の正常化の名のもとに教員組合の破壊工作が各地で行なわれ、教師の自主的研修への統制も強化されていった。また教科書検定も強化され、その採択にも隠微な行政指導が強まった。
 さて、期待される人間像は一九六五年に中間草案が出され六六年に成案が発表されたが、それは、教育基本法体制にとって、いかなる意味をもつのであろうか。その発表理由について高坂正顕主査は、それが、日本国憲法と教育基本法の根本理念を前提し、その精神を日本的風土に定着させ、基本法に不足しているものを補完しつつ、これを生かす方策としてこれを出したと説明した。前提するということは棚上げを意味し、補完とは、なしくすしの改悪を意味していた。さきに引用した荒木文相の発言は、人間像の諮問が改憲の動向と密接不可分であることを示している。
 人間像より一足先に発表された憲法調査会報告書によれば、そこでの多数意見は、あるべき日本の憲法が、人類普遍の原理とともに日本の歴史、伝統、個性、国民性に適合する憲法でなければならないことを強調していた。さらに、調査会での改憲の急先鋒である一七名の共同意見書は、日本の長い伝統を継承し、日本の特殊性に合ったものにする工夫がなされねばならぬとし、日本民族の祖国愛、自主性、伝統に根ざすことによって、はじめて、日本人の、日本人による、日本人のための憲法とすることができる。とのべていた。
 また、大石義雄委員のように、天皇制の特色をきわだって強調する意見もあった。「憲法の最も基本的な問題は、その国家の精神的基礎をどこに求めるかということである。そして、日本では、日本民族の歴史のなかに確立してきた歴史的な天皇制が、国民的統合の中心たる権威をなしてきた。……占領政策は、日本のこの精神的基礎を破壊した。現行憲法の再検討の必要の第一の理由は、この精神的基礎をふたたび確立することにある」と。
 その強訓点に多少の違いはあれ、改憲諭に共通する中心問題の一つが、天皇を国民的統合の中心に据えることにあることは、報告書自体が告げるところである。そして、教育基本法の理念や教育目的が批判され、その改正の必要とともに、「日本人としての自党を強調する期待される人間像」が出されるのも、まさに、同一の思想的根拠からであった。
 共同意見書を出した一七名の中に、そのとりまとめ役の一人として愛知揆一の名が見えることは注目に値する。その彼は、期待される人間像の中間草案発表当時、文相として、戦前の教育勅語に代わるものとして期待される人間像が出されたとのべ、基本法改正をほのめかすと同時に、最終答申に基づいて教育憲章を制定したいと公言していた。
 期待される人間像を検討した中央教育審議会第一丸特別委員会の主査高坂正顕は、人間像をどのようなものにするかについて、「五ケ条の御誓文」や「軍人勅諭」をその参考にしたといわれる。人間像討議に際して、まず検討したのが教育勅語についてであったことは特別委員会の議事次第が示している。主査は、草案を書くに当って、己を教育勅語の起草者井上毅に擬しているふしもみられる。
 期待される人間像には、関係者の、このような戦前、戦後の日本認識が反映している。人間像はいう。第二次世界大戦の結果、日本の国家と社会のあり方および日本人の思考法に重大な変革がもたらされた。特に敗戦の悲惨な事実は、過去の日本および日本人のあり方がことごとく誤ったものであったかのような錯覚を起こさせ、日本の歴史および日本人の国民性は無視されがちであった。ここで語られる過去とは、すべて戦前の日本であることに注目しよう。彼らには、戦後、まがりなりにも積み重ねられてきた民主主義の歴史はいまわしい汚点でしかなかった。

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