国公立学校における特別権力関係

 人間を伸ばす教育の場である学校内に人権保障が有るべきことは、当然のように思われる。ところが歴史的現実においては、国公立学校・私立学校それぞれに、一種の部分社会としての学校関係の内部に憲法の人権保障を直接適用することについて、それを妨げるような法理論が存在してきたのであって、学校内に人権保障を貫徹させるためには、そのような法理論を乗り越えていかなければならないのである。

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 国公立学校に関するそのような法理論は、特別権力関係論であった。たしかにドイツおよび日本の伝統的な行政法学説によって、国公立学校の生徒在学関係は営造物利用関係として、教職員の身分関係は公務員勤務関係として、いずれも特別権力関係であるとされ、その目的上合理的な範囲内においては、法律の個別的根拠なしに当局による命令、義務づけができ、また一般人にはなされえないような人権制限もなされうるものと解されてきた。しかしこんにちの日本行政法学説においては、同時につぎのように特別権力関係論の衰退が語られてもいる。
 「実際上には、特別の目的を達成するために必要な限度を超えて、特別権力の名において、人の権利、自由を侵害することもまれではなかった。ここに、特別権力関係の理論に対する厳しい批判が加えられるに至ったことは、むしろ当然であった。そこで、今日では、特別権力関係という観念そのものを否定する見解が多い。判決例においても、この観念を用いることを避けている頓向がみられる。基本的人権の尊重確保の趣旨が徹底してくるにつれ、特別権力関係であることを理由として、基本的人権に対する制約を無条件に正当化することは許されず、特別権力関係という観念を用いることの意味がほとんど失われてしまったということもあるであろう。しかしこれらのことが特別権力関係の観念そのものを全く否定し去るべき理由といえるかどうか、問題がないわけではない。」
 問題を人権保障にしぼって見れば、第一に、特別権力関係論は行政一般を見渡した行政法の一般的法解釈論であるから、それによって人権の特別に強い制限を正当化しようとすれば、あたかも公共の福祉という一般的理由による人権制限の強化場面となろう。戦後日本の憲法学においても当初は、公共の福祉による人権制限を肯認する向きが強かったから、その間は特別権力関係論との融和も有りえたであろう。ところが一九六〇年代を中心に日本の憲法学説は転換されたと見られ、こんにちでは、基本的人権は公共の福祉という一般的理由によっては制限されえず、人権の保障範囲は他の人権との衝突の適正な具体的調整によって見定められるべきで、公共の福祉は人権衝突調整の一原理にしかすぎない、というのが支配的学説となっている。そこでこんにちの支配的憲法学説に立つならば、もはや特別権力関係という一般論で特別に強い人権制限を正当化することは認められえず、問題の特別な関係における人権衝突状況を吟味して人権の保障範囲をあくまで具体的に見定めなければならない。
 そこで、第二に、国公立学校の在学関係を具体的に見れば、現行の教育法制下にあっては、学校当局に広汎な生徒義務づけや人権制限の権力が当然に認められる根拠はもはや無く、各学校の「教育自治関係」として、生徒や父母の基本的な合意のうちに慣習法的に人権の保障範囲が決められていく、というしくみであると解されよう。現行の人間教育活動そのものは基本的に生徒の権利保障でこそあれ権利制限を目立たせる法律関係ではないはずなのであって、特別権力関係論については「学校当局が権力を働かせて一方的に生徒の権利制限をしても法の問題にならないかのように言ってきたところに、強い疑問がある。そうではなくて、十分に生徒の自発性にもとづく教育指導として学校のきまりができていくかぎり、生徒の権利を一方的に制限するといった法の問題にならないですむ、というのが、がんらい在学関係の特色なのである。」
 学校当局がどうしても生徒の人権保障範囲を拘束的に画さなくてはならないのは、他の生徒や教職員の人権との衝突を生徒・父母・教職員の基本的な合意にもとづいて具体的に調整する必要からであると考えられるのであって、生徒処分などはまさにそのような学校措置にほかならないのである。
 そもそもプロイセン・ドイツに発した特別権力関係論が学校営造物関係に妥当するとされえたのは、立憲君主制国家において国家教育観にもとづき生徒在学関係が権力の働く関係だと考えられたこととむすびついていたと見られるが、現下日本の教育法制が前述のごとく、人権をふまえた人間教育たるべきことを確認している下での在学関係は、子ども、生徒の人権保障を貫いた非権力的な教育自治関係と解していくのが正しいと考えられる。

戦後改革における人権保障と教育のかかわり/ 障害児に関する就学義務猶予、免除/ 国公立学校における特別権力関係/ 私学における人権保障の適用/ 教育に関わる一般人権と教育人権との区別/ 教育に固有な人権としての教育人権/ 子ども達の生命、身体権について/ 学校施設での環境の悪さによる人命事故/ 教育活動条件の悪さによる自身事故/ 人身事故を招いている体罰/ 子どもの健康権と学校給食/ 子どもの私生活の自由とプライバシー/ 学校活動と家庭プライバシー/ 公教育における思想良心の自由/ 愛国教育と思想良心の自由/ 学生生徒の政治活動の自由と校内教育の秩序/ 平等権と家庭科の女子必修問題/ 私生活の自由と教職員の服務規則/ 思想良心の自由と教育員人事/ 教師の政治活動の自由とその制約/ 教職員の休息権/ 教職員の労働基本権/ 子どもの教育をうける権利/ 能力に応じて教育を受ける権利/ 学習権と社会教育/ わが子の教育に関する親の選択の自由/ 文化を担う国民の教育参加の自由/ 私学教育の自由と公費助成/ 教師の教育権の複合的性格/ 学問の自由と教師の教育研究発表の自由/ 教師の教育の自由と子どもの学習権/ 教育界における人権保障方式/

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