私学における人権保障の適用

 近代憲法にともなう考え方として、人権保障は国家と国民との関係について憲法が定めているもので、私的自治、契約の自由が予定されている私人間の関係には適用されない、という憲法理論があって、これは私学関係に人権保障を及ばしめることを妨げる。しかし二〇世紀の現代的人権保障になるにともない、私人間の関係への適用が人権憲法規定の第三者効力の問題として、大いに論議されるようになった。そしてこんにちの日本憲法学説においては、人権憲法規定の私人間への直接適用説と間接適用説との争いが有るとはいえ、いずれにせよ人権保障の基本的実質は私人間の関係にも貫かれるべきものと解されるにいたっていると見てよいであろう。

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 二〇世紀にかけて、国民どうしの法律関係にも、社会的弱者の保護法である社会法をはじめとして国家法の介入することが多くなり、私学在学関係にも子ども、生徒の教育をうける権利を保障するための公教育法の規律が汲ぶようになった。そこで憲法上の人権保障も、本来私人間の関係への適用を予定した労働基本権などの新しい社会権的人権はもとよりのこと、一九世紀以来の自由権保障でも人間の尊厳にかかわる基本的部分は、もはや全くの私的自治関係とは言えなくなった国民どうしの現代法的関係には貫かれていなければならない、と考えられる。間接適用説に立てば、人権保障の基本的実質は、民法九〇条にいう公序として私的契約を拘束し、またその他の関係法規の中身をなすものとして私人間にも適用されることになる。国民どうしの現代法的関係については、関係する成文法規および不文の条理法の解釈にあたって、憲法上の人権保障の原理を貫くように解釈していくことにすれば、すくなくとも実質的に人権保障が行なわれうるであろう。こんにちの私学在学関係には、前述した教育基本法をはじめ、人権をふまえた公教育の法制が適用されているのであって、人権保障は基本的にそこに含まれているものと見られるのである。
 教職員の労働関係は、私学の場合は私的労働者の労働関係であり、国公立学校の場合は公務員勤務関係であるが、いずれも現代の労働関係として、そこには、労働者が人たるに値する生活を営むために必要な人権保障が基本的に貫かれていなければならない。現に労働法規にその趣旨の規定も有る。ところが教師については、これまでよく、人の師表たるべき者は身を慎しむべきで、それだけ一般人よりも自由が制限されても当然だ、という考え方がされやすかった。しかしこの点についても、戦後教育法制は、人権をふまえた人間教育観にともなって、教職観をも転換させていることが留意されなければならない。
 子どもたちに人権をふまえた教育を行なう使命を待つ教師は、みすがら人権を全うしうる人間性豊かな存在でなければならない。自らの人権を保障されすにいて平気な教師には、いかに教育熱心であっても、子ども、生徒の人権保障を十分にすることはできないであろう。そしてこんにちの、人権をふまえるべき教育界にあっては、教師が人権主張を行なうこと自体を非教育的と見ることは、まちがいだと言えよう。
 教育基本法六条二項が「学校の教員は、全体の奉仕者であって、自己の使命を自覚し、その職責の遂行に努めなければならない。このためには、教員の身分は、尊重され、その待遇の適正が、期せられなければならない。」と書いているなかには、そのような教師の人権保障が込められているものと読むべきであろう。

戦後改革における人権保障と教育のかかわり/ 障害児に関する就学義務猶予、免除/ 国公立学校における特別権力関係/ 私学における人権保障の適用/ 教育に関わる一般人権と教育人権との区別/ 教育に固有な人権としての教育人権/ 子ども達の生命、身体権について/ 学校施設での環境の悪さによる人命事故/ 教育活動条件の悪さによる自身事故/ 人身事故を招いている体罰/ 子どもの健康権と学校給食/ 子どもの私生活の自由とプライバシー/ 学校活動と家庭プライバシー/ 公教育における思想良心の自由/ 愛国教育と思想良心の自由/ 学生生徒の政治活動の自由と校内教育の秩序/ 平等権と家庭科の女子必修問題/ 私生活の自由と教職員の服務規則/ 思想良心の自由と教育員人事/ 教師の政治活動の自由とその制約/ 教職員の休息権/ 教職員の労働基本権/ 子どもの教育をうける権利/ 能力に応じて教育を受ける権利/ 学習権と社会教育/ わが子の教育に関する親の選択の自由/ 文化を担う国民の教育参加の自由/ 私学教育の自由と公費助成/ 教師の教育権の複合的性格/ 学問の自由と教師の教育研究発表の自由/ 教師の教育の自由と子どもの学習権/ 教育界における人権保障方式/

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