教育に関わる一般人権と教育人権との区別

 教育界における人権の状況をなるべく網羅的に見ようとするとき、法論理的見地から第一に、教育だけに特有な人権である教育人権と、広く他の社会分野にもわたる一般的な人権つまり一般人権が教育にもかかわっている場合とを、分けておく必要がある。もとより両者は、教育界の連営のなかですべての人権保障がなされていかなければならないという現実面においては、一体的のはずである。そしてまた、一般人権が教育とのかかわりで独特な法論理的着色をうけるようになれば、それはしだいに教育人権の中身となり、教育人権の大きな体系ができあがっていく、ということも展望できるであろう。しかしなお、教育界で保障されるべき人権の中身をできるだけ網羅的かつ明確に捉えるためには、教育への一般人権の適用と教育人権とを法論理的に大別しておくことが必要なのである。両者のちがいはおそらく、教育界における人びとの人権意識のあり方にも連なるものであろうと思われる。

スポンサーリンク

 第二に、教育にかかわる人びとの種類に応じて、子ども・生徒、親・父母、住民・国民、教職員の人権が、それぞれ分けられよう。もとよりそれらのすべてが十全に保障されることがのぞましいわけであるが、それらの人権の相手方は国家権力だけとは限らず、むしろそれら相互間にも矛盾対立する場面がないではなく、それら相互の関係と適切な調整を見定めていかなくてはならないのである。
 第三に、人権一般における歴史段階的な区別としての、自由権と社会権との別が、教育にかかわる人権についてもやはり留意されていてよいと考えられる。一九世紀的な自由権は、国家権力が国民の私的な生活に支配介入することを禁ずる人権であり、二〇世紀的な生存権をはじめとする社会権は、逆に国家に国民の人間らしい生活のための条件を積極的に整えていくことを要求する人権である。もっとも、社会権が一般化してきた現代においては、自由権も、国家権力から離れた私的生活領域についてだけでなく、むしろ、国民が国家に社会権保障を積極的に求めている生活領域における自由の主張を、重要なものとするようになってきた。この点については、つぎの指摘がある。
 「人間の精神的活動は、つねに一定の財産的物質的基礎のうえにのみ成り立っている。しかし、精神的活動の拡大にともない、それに現実に必要な経済的条件の整備を市民社会内部で自律的に処理できなくなるとき、国家の手による代位補充を必要とする。こうして現代的自由権は、精神的活動に不可欠な現実的経済的条件の整備のための国家活動にたいする要求を当然にふくむものとなるのであり、この点が、抽象的近代的自由権と現代的自由権との異なるゆえんである。」
 国民の教育をうける権利を保障する公教育制度のなかにおける教育の自由は、まさにこのような現代的自由であろう。フランス憲法学説においても、私学教育の自由はかっては国家の外での自由であったが、大幅な私学助成をうけて公立学校と共存する現代私学の自由は、国家による自由になっている、と説かれている。
 とはいえこのことは、自由権と社会権の区別が不要であることを意味するのではなく、両者の現代的混合部分の存在を示すものにほかならず、国家が積極的活動を行なう社会権保障の場において同時に国民の自由を尊重しなければならないという。逆説な状況であるだけに、事項を分けて共存すべき自由権と社会権との区別がいっそう重視されるべきことを要請しているのである。
 教育界において問題になるはずの一般人権は、かなり多様である。子ども、生徒の一般人権としては、生命、身体の安全を守る人権である生命権、身体権、健康を守る健康権、私生活の自由とプライバシーの権利、思想、良心の自由、政治活動の自由、平等に扱われる権利である平等権などが有り、教職員の一般人権としては、私生活の自由、思想、良心の自由、政治活動の自由、労働者にとっての休息権やスト権をふくむ労働基本権などが有る。次章において、これら一般人権が現下日本の教育界の組織運営にどのようにかかわり、そこにどんな問題が有るのかを、具体的に調べていくことにするが、そのことの持つ一般的意義をまとめておくならば、つぎのとおりであろう。
 第一に、西欧諸国では一九世紀以来の長い近代歴史において、一般人権が国民の意識にもとづいて形成され、教育のしくみも実質上それをふまえたものにつくり上げられてきたが、近代史的に後進に甘んじてきた日本の教育界にあっては、そのように一般人権が大前提としてふまえられるには至っておらず、さきにものべたとおり、今なおまさに一般人権を十分に意識しそれをふまえた教育のしくみづくりを意図していかなくてはならない段階に有る、ということである。
 第二に、こんにちの公教育制度に貫かれるべき一般人権は、社会権のほか、前述の現代的自由権が主であって、そこにはまさしく人権の現代的展開が見出される。そこで、教育人権論はもとより、こんにちの公教育にかかわる一般人権を追究することには、現代的人権の研究としての貴重さが有るはすだと考えられる。
 第三に、一般人権をふまえることは現実にたしかにそれだけ人間教育を良いものにしていけるであろう。これまでともすると、教育熱心のゆえに子どもの人権を強く制限してはばからない傾きが有りがちだった日本の教育界にあっては、教育は子ども・生徒の人権をふまえてこそ良いものになるはずだという、教育の人権的向上の観念を具体的に明らかにしていく必要があろう。そしてそれに伴って、もし一般人権が教育とのかかわりでうける独特な法論理的着色をも明らかにできるようであれば、それはいすれ、後述する教育人権の豊かな体系化を可能にする中身になることでもあろう。

戦後改革における人権保障と教育のかかわり/ 障害児に関する就学義務猶予、免除/ 国公立学校における特別権力関係/ 私学における人権保障の適用/ 教育に関わる一般人権と教育人権との区別/ 教育に固有な人権としての教育人権/ 子ども達の生命、身体権について/ 学校施設での環境の悪さによる人命事故/ 教育活動条件の悪さによる自身事故/ 人身事故を招いている体罰/ 子どもの健康権と学校給食/ 子どもの私生活の自由とプライバシー/ 学校活動と家庭プライバシー/ 公教育における思想良心の自由/ 愛国教育と思想良心の自由/ 学生生徒の政治活動の自由と校内教育の秩序/ 平等権と家庭科の女子必修問題/ 私生活の自由と教職員の服務規則/ 思想良心の自由と教育員人事/ 教師の政治活動の自由とその制約/ 教職員の休息権/ 教職員の労働基本権/ 子どもの教育をうける権利/ 能力に応じて教育を受ける権利/ 学習権と社会教育/ わが子の教育に関する親の選択の自由/ 文化を担う国民の教育参加の自由/ 私学教育の自由と公費助成/ 教師の教育権の複合的性格/ 学問の自由と教師の教育研究発表の自由/ 教師の教育の自由と子どもの学習権/ 教育界における人権保障方式/

       copyrght(c).子育てと育児.all rights reserved

スポンサーリンク