学校施設での環境の悪さによる人命事故

 今日の交通戦争下における通学路の安全保障については、行政施策がかなり進んできたと言えよう。一九六六年の「通学路の安全整備、踏切道構造改良等に関する緊急措置法」にもとづいて、都道府県ごとに整備計画がたてられ、横断歩道橋、ガードレール、踏切歩道づくりによる通学路の保安が図られた。しかしなお、無謀運転による被害が跡をたたず、集団登下校がかえって大被害を招いたりしたため、一九七〇年からは、歩行者天国措置の一種として、通学時間帯には通学路から車を締め出す、通学路天国、スクールゾーン方式が全国各地で採られるようになった。通学路は、子どもたちが毎日の生活として必ず通行しなければならない所なのであるから、主要な教育環境であり、したがって学校での安全教育もさることながら、子どもたちの生命権を第一義に考えた保安体制づくりに努めるのが国や自治体の義務であろう。こんにちなお、安全通学のための通学区再編などの問題がのこされている。

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 つぎに、子どもたちは、毎日の決められた生活の場である学校で、公害の被害者にならないように守られなければならない。もとより地域全体の公害防止が根本であるが、地域公害を学校公害にまでしないために、教育行政として緊急な施策が必要であろう。かねて四日市などの学校では体育館をふくめて巨大なエアコン装置が備えつけられなければならなかったが、一九七二年頃から光化学スモッグが東京都内・西部の学校をしばしば襲うようになった。校庭での体育授業が抑制されるところからはじまったが、同年五月には、無防備の三階教室で失神被害を生ずるにいたった。
 この光化学スモッグ公害は、広域を浮動する汚染気団が下降気流によって毒ガスのごとく学校を急襲してくることによるものであるから、学校における防備には思い切った施設整備が要る。こういう場合にこそ、子どもたちの生命、身体の安全を最重要視する人権感覚が教育行政担当者に強く要求されるであろう。公害が待っている学校でも、生徒たちは毎日の学習生活上、居ることを余儀なくされているのである。
 学校の施設設備に欠陥があると、いっそう恒常的に子どもたちの生命、身体の安全をおびやかす。学校事故の実例が如実にそれを物語っている。遺憾ながら施設事故の主因は、こんにちの学校制度の全休状況に深く根ざしていることが少なくない。
 過密都市における過大校、マンモス学校では、休み時間はラッシュなみの混雑で、子どもたちの校内衝突事故が数多い。一九七五年二月にも東京都内の区立小学校の狭すぎる校庭で激突し頭を強く打って死亡した女の子の事件があった。しかし、校庭を走りまわるのは危険この上ない、といった状況は、学校施設条件の劣悪さをはっきり示していよう。
 「学校教育法施行規則」一七条では一応、「小学校の学級数は十二学級以上十八学級以下を標準とする。」と規定しながら、「ただし、土地の状況その他により特別の事情があるときは、この限りでない。」などと頼りない。高校については、「高等学校設置基準」が生徒一人当りの面積標準を校舎一〇平方メートル以上、運動場三〇平方メートルと定めており、また保育所の屋外遊戯場の面積についても「児童福祉施設最低基準」五〇条が、三〇人以上の施設にあっては幼児一人当り三・三平方メートル以上でなくてはならないと定めているのに対して、小・中学校については校舎や運動場の広さについての設置基準的法令による保障が無い。ただ「義務数育諸学校施設費国庫負担法施行令」に、国がお金を出す場合の算定基準として、学級数に応じた校舎、屋内運動場の必要面積が挙げられているにすぎない。このような財政援助基準としてではなく、小・中学校の最大学級数や校舎、運動場の最低必要面積については、学校教育法令によって十分な保障がなされていくべきだと考えられるが、そのような立法態度の土台には何よりも子どもたちの生命、身体の安全に関する人権意識がなくてはならないであろう。
 学校内における要注意施設が、法令の安全基準もないままに設けられ運営されている場合には、とりわけ重大事故の危険をはらんでいるといえよう。たとえばプールがそれで、水泳学習にたいする子どもや父母の要求が強いだけに学校としても無理をしがちであるが、学校プールは子どもたちの生命に直接かかわる教育施設であるごとが常に忘れられてはならない。
 松山地裁西条支部で一九六五年四月二一日に損害賠償が判決された小学校プールでの生徒死亡事故は、大いに教訓的である。愛媛県丹原町立の小学校では、隣接中学校とプールを共用することになっていたが、小学生用の水深が浅部でも約一メートルあり、しかも町の財政事情から農業灌漑用水しか引けず、底が見送せない混濁プールとなっていた。一九六〇年七月一五日の二時眼目の水泳授業は、二教師が一度に六年生六〇余人を指導したのであったが、その際、かなり泳ぎの上手だったA子が遊泳中に約一・四メートルの深部で溺死するという事態が発生した。点呼をとらずに解散したのちにA子の机が空席であることがわかって大騒ぎとなり、教師数人が足でプールの底を探っていき、沈んでいたA子を発見したのであった。両親からの慰謝料請求にたいして判決は、「水泳プールには衛生上はもちろん、危険防止の見地からも少くとも水底を透視できる程度に澄んだ水を使用すべきものであり、」また共用プールは深浅両部の境界がロープで明確に区分されているべきであるとして、本件プールは「通常備うべき安全性を欠いた瑕疵」ある施設であったと認め、学校設置者たる町に国家賠償法二条一項にもとづく賠償責任を課した。それと同時に、両親から共同被告として訴えられた二教師についても、事前の注意はよくしていたがそれに頼りすぎて水泳中の個々の児童の動静にたいする注意が不足し、A子が境界をこえたときの「その状態を機敏にとらえて適宜の処置を採り得ず」にいた点で「過失」があったとして、民法七〇九条にもとづく不法行為責任が判決されている。
 さて、このようなプール事故の防止について国の教育行政はどう考えてきたか。文部省体育局長通知は「水泳、登山等の野外活動における事故防止に関する留意事項」として、プール指導をふくめて、「水泳の開始前と終了後には、かならず呼名点呼をするとともに、練習中でもときどき人員点検を行なって確実に人員を掌握すること」を挙げている。また文部省が保健体育審議会答申をもって運用上「学校環境衛生の基準」としているものによれば、プール水の「透明度は、プール底の白線が明確に見える程度でなければならない。」「原水は、飲料水の基準に適合するものであることが望ましい。」
 しかしそれ以上に、プール設置、運営の安全基準が法令で定められているということが無い。学校プールが子どもたちの成長のために大いに有用であるとともに、生命に直接かかわる教育施設であることにかんがみれば、最低限の安全基準が学校教育法今によって設定されているべきだと考えられる。
 さらに、このプール事故に見られるように、関係教師の指導上のミスという個人的過失が全く無いではないにしても、主因は、施設条件や学校運営体制における欠陥という教育条件の基本的不備に有ることが少なくないのである。教育行政が果すべき教育条件の整備が不十分なままに、子どもたちの人命の安全保障が現場教師の超人的努力にかかっている、という状態からは一刻も早く脱却しなければならない。のちにのべるような子どもの学習権保障のために、先生方には、良い教育条件のもとで真に教育専門的な水準の高い指導活動を展開してもらいたいものである。
 しかし現状で不幸な事故の被害者となった生徒や親を救済するためには、関係教師の個人的過失をいちいち問わないで学校殷殷者たる自治体等が賠償責任を負う無過失責任の法制が、ぜひ必要である。被害者救済を損害賠償になんらか期待する以上は、学校設置者の無過失責任を明記する法律づくりを早急に行なうべきであろう。第一には、そのための特別立法として「学校事故損害賠償法」を制定することが考えられる。学校設置者としてその負担能力を担保するためには民間の責任保険制度を利用することもありえようし、現に公立学校の場合には、一九七五年から全国市長会や全国町村会がはじめた「学校管理者賠償責任保険」によってカヴァーされえよう。つぎに第二には、強制責任保険制度を規定する「学校事故損害賠償保障法」の立法化が考えられる。これは、自動車損害賠償保障法に相当するタイプである。
 しかしそもそも、学校事故の被害生徒側を公的に完全に救済していくためには、損害賠償に頼る必要がないほどに整備された災害補償制度を設けることのほうが、のぞましい。この点現行の日本学校安全会法による災害共済給付の制度では、救済率が低く、過失責任の損害賠償によって補なわれなければならない実情に有る。無過失責任の原理を前損にふまえて、国費による十分なうらづけを持つ完全救済をめざして、「学校災害補償法」の立法化が新たに考えられてよいであろう。

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