教育活動条件の悪さによる自身事故
課外クラブの部活動は、正課ではないが学校のひろい意味での教育活動として予定されているものが多いが、運動クラブの実技指導体制の不備から、とりかえしのつかない人身事故が頻発している。
熊本地裁で一九七〇年七月二〇日に賠償判決が出された中学校柔道クラブ練習中の廃疾事故は、つぎのようなケースであった。原告は一年生の男子で、熊本市立F中学校の特別教育活動としての柔道クラブに一九六六年度入学早々から参加していたが、同年五月二六日の練習中、高一で柔道初段の参加者から受身のけいこをつけてもらっている際に、他のクラブ員と衝突しそうになって別方向に投げられたため、道場たたみで頭を強打して脳内出血し、回復の見込みのつかない半身まひ、言語障害者になってしまった。学校から委嘱されていた実技指導者はいつも練習開始後に来る状態であり、指導監督者である教師も月二回ほど顔を出す程度で、当日も勤務時間外のこととてPTA会合のため学校を退出してしまっていた。裁判所は、「本件柔道クラブ活動が正規の教育活動である以上、たとえそれが教師の勤務時間を超えて行われることを通常の形態とするとはいえ、これを実施する限り、指導担当教師は、勤務時間外においてもその職務上の義務として生徒の生命身体の安全について万全の注意を払うべきであ」るとして、監督教師と校長との過失を認め、国家賠償法一条一項にもとづいて使用者たる熊本市に、原告生徒に一〇〇〇万円、両親に一〇〇万円の損害賠償の支払いを命じている。
この判決は全国の教育現場にかなりのショックを与えたが、それというのも、このような体育系クラブの実技指導状況がけっして異例とは言えないからであった。しかし、運動部活動には、体操部の宙返り演技のごとく人身の安否に直接かかわる部面があり、柔道練習にもそれに類するところがあるわけであるから、十分な保安体制をふくんだ実技指導体制がなくてはならないはずである。
この点つとに文部省初等中等教育局長通知「中学校、高等学校における運動部の指導について」が、つぎのとおり要請してきている。「種目別の各部の担当教員は、単に名目だけでなく、たえず部の活動全体を掌握して指揮監督に当ること。」「運動部の技術的なコーチを教職員以外に求める場合には、その人の人格が生徒に与える影響の大きいことを考え、教育に対して理解と識見をそなえた人を校長の責任において委嘱すること。」「運動部の運営が対外運動競技における勝利のみを目標とし、あるいは部の団結を重視するのあまり、上級生が同僚や下級生に能力をこえた練習を強いたり、さらに暴力的な行動にまで及ぶことのないようじゅうぶん指導すること。」「運動部長は、施設用具などの選手のみに独占されることのないように指導すること。」
いちいちもっともであるが、これらのことが十分履行されるためには、たんに通達によって教育現場の意識をひきしめるということでは足りず、施設設備、教職員勤務条件、実技指導者委嘱費用、などの教育条件が行政当局によって積極的に整備されていくことが必須であろう。課外クラブ活動は、生徒たちの人間的成長にとっては責重な場面であって教育要求も強いわけであるが、日本の学校は、諸外国では社会教育として行なわれているような範囲をも学校教育活勤にひろく取り入れているようなので、教職員の専門的指導力を活かすためにはとりわけ十分な行政的条件整備が先決であると言わなくてはならない。生徒の人命にかかわる運動クラブ活動が、制度的にあいまいな保安状況下に慣行上行なわれていくということでは、関係方面の人権感覚が問われるというものである。問題の処理が、けっして、傷害保険や責任保険への加入といったレベルでのみ考えられていてはならない。
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