公教育における思想良心の自由

 各人がまったく自由に自分の好む校風の私立学校を選んで教育をうけるという私教育の制度であれば、思想、良心の自由は各私学教育のなかで一応みたされることになろう。これにたいし国公立学校が多く設けられ、学区制によって各地域の家庭の子どもが学校選択の余地少なく入学するような公教育制度になってくると、そこでの学校教育内容はすべての思想、良心の自由を保障していくようでなければならないと考えられる。事実この問題は一九世紀の欧米諸国では、各家庭の親と子の信教の自由・宗教教育の自由が公教育制度になっても貫かれるべきだとして、公教育における宗数的中立性のしくみが各国それぞれに真剣に工夫されてきたのであった。国公立学校と大幅国庫補助の私学とにおいて、宗教教育をはすした国(フランス)もあれば、諸宗派協同の宗教教育を行なうことにした国(イギリス)もあり、また国公立学校も宗派傾向ごとに分立させている国(ドイツ)もあるが、いずれも親の宗教教育選択の自由や子を欠席させる権利を保障するしくみを用意している。国連の世界人権宣言二六条三項が「教育を受ける権利」の保障とともに、「親は、その子に与えられる教育の種類を選択する優先的権利を有する。」と書いているが、それは欧米諸国では宗教教育選択の自由を主な実体として成り立っているわけである。そして当然のことながら、宗教教育の自由は思想、良心の自由の問題を一体的にふくんでいる。欧米学校における道徳教育は宗教教育と一体的である。

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 しかし、宗教の自由が社会全体そして教育界でさほどに意識されてこなかった日本では、宗教教育をたんに国公立学校からはずしただけで、宗教教育の自由とかかわって公教育における思想、良心の自由の保障問題を正面からとりあげたという経験に乏しい。そして、議会制民主主義のルートで国民全体の意思にもとづいて公教育内容を決めていくといったことが、教育をうける国民個々人の思想、良心の自由とはあたかもかかわりがないかのように思われていはしないだろうか。
 この点に関し戦後日本ではじめて大きな社会的反響を惹起したのが、一九五八年八月ニ八日付で官報に載せられた道徳編をふくむ小・中学校の学習指導要領の文部省告示であった。教育行政学者の宗像誠也放授か即時に行なった問題提起によれば、「道徳の学習指導要領は、その内容にももとより問題があるが、それ以前に、そもそもその法的、行政的形式が問題であろう。それは、文部省が告示で国民の道徳をきめていいか、という問題であり、一般化すれば、教育行政権に国民の良心や価値観の決定を許していいのか、という問題である。」「徳川時代なら辻々に高札を立て、民百姓はぜいたくをするな、などと拘束力のある教訓をしてもよかったかも知れないが、内容こそそれと違うとはいえ、日本国憲法のもとで、その思想、良心の自由の保障のもとで、文部省という役所が、学校の道徳の内容をこうきめたから告示する、その拘束力に従え、というのは、憲法感覚をさかなでするものといわないわけにはいかない。」
 このように、学校の教育課程中に道徳の時間を特設させたこと、およびその道徳教育内容が、子どもたちの思想、良心の自由を損わないかどうかは、たしかに大きな問題であって、今後とも追究されていかなければならない。ところが、その後における与党、政府の教育政策は、より具体的に、日本の子どもたちに国を愛する気持を養成する必要があるという愛国心教育の強調路線をおしすすめることとなった。学校行事における日の丸掲揚、君が代斉唱や「建国記念の日」について教えるなどの愛国心教育は、これを今の日本で推進することは明らかに学校教育における一種の国家主義的傾向であって、父母と子どもの思想・良心の自由にとってシリアスな問題のはずであるから、それにしぼって考えてみることにしたい。

戦後改革における人権保障と教育のかかわり/ 障害児に関する就学義務猶予、免除/ 国公立学校における特別権力関係/ 私学における人権保障の適用/ 教育に関わる一般人権と教育人権との区別/ 教育に固有な人権としての教育人権/ 子ども達の生命、身体権について/ 学校施設での環境の悪さによる人命事故/ 教育活動条件の悪さによる自身事故/ 人身事故を招いている体罰/ 子どもの健康権と学校給食/ 子どもの私生活の自由とプライバシー/ 学校活動と家庭プライバシー/ 公教育における思想良心の自由/ 愛国教育と思想良心の自由/ 学生生徒の政治活動の自由と校内教育の秩序/ 平等権と家庭科の女子必修問題/ 私生活の自由と教職員の服務規則/ 思想良心の自由と教育員人事/ 教師の政治活動の自由とその制約/ 教職員の休息権/ 教職員の労働基本権/ 子どもの教育をうける権利/ 能力に応じて教育を受ける権利/ 学習権と社会教育/ わが子の教育に関する親の選択の自由/ 文化を担う国民の教育参加の自由/ 私学教育の自由と公費助成/ 教師の教育権の複合的性格/ 学問の自由と教師の教育研究発表の自由/ 教師の教育の自由と子どもの学習権/ 教育界における人権保障方式/

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