愛国教育と思想良心の自由

 道徳編をもりこんだ一九五八年の小・中学校学習指導要領は、その学校行事のところで、「国民の祝日などにおいて儀式などを行なう場合には、国旗を掲揚し、「君が代」を斉唱させることが望ましい。」と記した。わが国には、日の丸を国旗とし君が代を国歌とすることを明記した法律の規定は無く、まして学校における掲揚・斉唱を義務づけるような法律の規定は存しない。そこで告示指導要領でも、その掲揚・斉唱を各学校ごとに決定していくことを勧めているだけである。そこで、日の丸の国旗性と君が代の国歌性は今後とも慣習としてどれほどそう扱われるか、それがこれからの日本で慣習法にまでなりうるかどうかという問題なのであるが、その過程において学校での掲揚・斉唱は国民の規範意識をつくりあげていく意味からたいへん重要な役割を持つにちがいない。しかし他方、学校で子どもたちに日の丸敬礼や君が代斉唱を決まりとして行なわせることは、思想・良心の自由の問題をはらむわけで、けっして簡単なことではない。したがって問題を背負わされた各学校はたいへんであるが、各学校ごとの教育自治における重要テーマとして、教師・父母・子どもたちの主体的参加によって取り組んでいかなくてはならない。

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 まず君が代斉唱については、宗像誠也教授のような考え方の主張がなされる。「あの歌詞はどう考えても主権が君主にあった大日本帝国にふさわしく、主権在民の民主主義日本の国歌には不適当である。」「私にも中学三年の子かおり、私は、良心の問題として、この子に君が代を歌ってもらいたくないし、この子自身も歌いたくないといっているのだが、私は、この子を君が代が歌われる時には退席させてほしい、という権利、君が代を拒否する権利をもっているのだろうかいないのだろうか。もしその権利がないのだとすると、私の思想・良心の自由は、どうなるのだろうか。」
 ところが他方で、君が代斉唱を望む親たちもおり、たとえば一九七〇年二月東京都荒川区O小学校の一部の親が、「卒業式には学校に日の丸を掲げ君が代を歌わせてほしい」という署名運動をくりひろげている。このように父母の間で思想的見解が分れており、学校PTAのなかで父母の話合いをできるだけ尽した上で見解の分布を教師集団に伝え、その学校の学校行事としての決定をすることになろうが、君が代斉唱が思想・良心の自由の問題と見られる以上は、どうしてもそれを欲しない家庭の子どもには不参加の権利を認める扱いをすべきである。
 つぎに日の丸掲揚についても、決定は各学校にゆだねられているが、一九六三年当時の大阪府では、府議会決議にもとづき府教委教育長通達で学校における日の丸の常時掲揚が要望され、これに反対する教職員組合との交渉をめぐって刑事裁判事件が生じたことがあった。一九六四年一一月、府立阿倍野高校の職員会議に校長が連日掲揚について付議し、「愛国心教育の一手段として、日の丸を国旗と認識し尊重する気風を養いたい」とのべたが、現下文教政策中の愛国心教育は好ましくないとの意見が強く、大多数で否決されてしまった。かような日の丸掲揚は学校の教育方針としては大問題であるとはいえ、それだけでは生徒に強いる面が弱い。ところが、学校の決まりとして、毎朝君が代の放送とともに日の丸を挙げ、その際子どもたちが校内のどこにいても直立不動の姿勢をとる、といったことになると、思想・良心の自由にもとづく不参加の権利の保障がやはりなくてはならないと解される。
 この点、米国において学校生徒に国旗敬礼拒否権を認めた一九四三年の連邦最高裁判例が有名であり、教訓的である。一九四二年にウェスト・ヴアージェア州教委が定めた公立学校における国旗敬礼は、子どもたちに忠誠宣誓とともに右手を上げさせるというやり方で、偶像崇拝の許されない宗派の家の子どもが欠席の態度をとって退学処分をうけたケースであるが、連邦最高裁は、公立学校で国旗敬礼を強いることは「一つの精神的な態度の肯定を要求するもの」であって、思想・良心の自由を侵すという趣旨を判示したのであった。

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