私生活の自由と教職員の服務規則

 教職員労働関係や教育公務員勤務関係においても、教職員の人間としての尊厳にかかわる基本的人権の保障は十分に貫かれていなくてはならない。ところがとりわけ私生活の自由やプライバシー、名誉権は、子ども、生徒のそれと同様、いや教師の場合はそれ以上に、学校教育関係のなかで軽んぜられやすかったようである。しかし私生活の自由やプライバシー、名誉権は、人が個人として尊重されることの証しであり、人間教育の主体である教師にとってだいじな人権だといえる。みずからの私生活の自由や名誉権が損なわれていて平気な教師は、生徒の私生活の自由や名誉権にも鈍感になるおそれがあろう。

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 生徒の場合と同様、教師の私生活の自由も、学校における身だしなみ規律とのかかわりで、その問題性を浮きあがらせた。私学でのノーネクタイ先生解雇無効事件がそれである。
 東京の私立K学園に一九六六年の春に理科の教諭として採用されたU先生は、試用期間が切れる翌六七年二月末に、本採用拒否という解雇をうけた。U先生がおこした地位保全仮処分申請の裁判のなかで、学園側は主な解雇理由として、頭がボサボサでノーネクタイであること、ことば使いが粗野であること、などを拳げた。これに対して東京地裁判決は、つぎのように判断して、いずれも教職の適格性を欠くとは言えないとしている。
 「申請人は通常ネクタイを着用せす、特に頭髪の手入れを怠って、ボサボサとしたことが認められる。」「中学、高校の教師がネクタイを借用せす授業等を行なうことが、乱れた服装であるという社会通念はない。また頭髪をボサボサにしていることは、好ましい風景ではないけれども、それは教師として必要な智識、授業能力、指導力などと全く無縁なことであるから、これをもって教師としての適格性を占うことはできない。のみならす、頭髪をボサボサにしたり、ネクタイを借用しない教師は他にも存在し、スポーツシャツや赤色のシャツを借て授業を行なう教師もおり、生徒から見ても申請人の服装が他の教師と比較して、見苦しいと感じるようなものではなかったことが認められる。」「申請人は、非社交的かつ無口であって、流ちょうに標準語を話すタイプではないが、同僚教師間において、申請人の言葉使いが乱暴であるという話題が生じたこともないし、生徒からこの点について苦情の出たこともないことが認められる。」「前認定の程度ならば、理科・数学担当の教師として、授業に少しも支障がないと認められるし、また生徒に対し教育上悪影響を及ぼすものとも認められない。軽薄にして多弁な教師とぼくとつにしてとつ弁な教師と比較すれば、心ある生徒は後者を選択するであろう。巧言令色すくなし仁とは、今日においても真理たるを失わない。教師にとって重要なのは、外形的な言葉使いではなく、教育への情熱を実践的に具現することである。」
 この解雇無効判決に対して学園側は控訴していたが、七二年三月末にいたって東京高裁の勧告にもとづく和解が成り、七三年度からU先生の復職が叶ったのであった。
 この裁判で正面からは取りあげられなかったが、教師の身だしなみが解雇理由にされた場合には、私生活の自由にかんする人権問題をはらんでいたことを指摘しなければならない。もっとも、たしかに教師は、みすがらの身だしなみが、学校の教育に直接具体的な障害をもたらさないように努める義務を負っているとは言えよう。しかし、身だしなみが各人の自由な人格の発現として私生活の自由という人権に属していることにかんがみれば、教育的支障が問題になる場合であっても、その是正はあくまでも校長をふくむ同僚教職員の助言、説得によっていくのがふさわしいと考えられる。服務命令や解雇、免職などの法的拘束力に依ろうとするならば、私生活の自由の内在的制約を確かめるという域を越えて人権侵害にわたりやすい、ということに注意しなければならない。教師の場合にも、身だしなみの欠点といった私生活にかかわることを直ちに解雇・免職理由に据えるのは適当でなく、本当に教職の適格性を欠くのかどうかが、総合的・根本的に見定められる必要があるわけなのである。
 ところで、別のノーネクタイ先生解雇無効事件では、生徒の制服制度との関連で教師心得として特に「背広上下、白ワイシャツにネクタイ着用、靴ばき」が指示されていたことが問題になっていた。独自のいわゆる復古教育が注目されていた東京の私立K高校で、一九六五年一一月に解雇された二教諭が、解雇無効確認訴訟の一審で勝訴したが、原告の一教諭について教師心得とのかかわりはつぎのように判定されている。
 「色ワイシャツを着用し、ネクタイを締めず、かつ校内でサンダルをはいていたことは、一応雇傭契約上の義務不履行である。しかしながら、K高校においては、定めに従わず、色ワイシャツを借用し、ネタタイを締めない者が若干おり、また登校後上ばき用のサンダルにはきかえる者が相当数いたこと、被告がこのような規律違反についてとくに注意していたと認むべき証拠もない。以上のようなK高校内における服装規律運用の実情にかんがみると、原告の前記のような右規律違反はいまだこれを解雇理由とするに価いしないものというべきである。」
 この判決では一応、教師心得を文字どおりに有効と前提し、服務規律違反があったと認めている。しかし教師の身だしなみが私生活の自由に属することにかんがみれぱ、K高校の教師心得が教育上の強い理由から合理的に人権制約をなしえている特約であるかどうかを吟味すべきであったろう。事実は、そこに疑わしさが有ったために、教師心得が文字どおりには履行されておらず、学校慣習法上、K高校の教師身だしなみ規律はずっとゆるやかなものだった、ということではなかろうか。たしかに教師の身だしなみ服務規律には、各学校の教育方針や職員組合協約などとのかかわりで異なりうるところが有ろうが、私生活の自由の内在的制約を具体的に決めえているかどうかという考慮が常に伴っていなければならない。
 ところで実はK高校事件の右判決は、結局、真の解雇理由はむしろ、学園民主化運動に先生たちが関与したことを抑えようとするにあったと推認し、解雇権の濫用を宜したのであった。学校当局側が解雇をあとから正当化する理由として、教師の身だしなみ規律違反が簡単に取りあげられていくところに、日本の教育界における私生活、プライバシー人権保障の一般的な弱さが奇しくも示されている、と言えるようである。
 結婚はその人個人の生活と人生にとっての大事であり、私生活的人権性がとりわけ強いと見られ、憲法でもそのゆえに婚姻の自由を特記しているのである。婦人教師の結婚問題が教育界でいろいろに取りあげられるようであるが、既婚婦人教師の教育上の問題は、それぞれ筋を通して取りあげるべきで、けっして婦人教師の結婚の自由そのものをおびやかすような状況が有ってはならない。
 女子労働者が結婚したら退職しなければならないという結婚退職制のしくみは、一般私企業についてそれが性的差別と結婚の自由侵害で違法無効であることが、判例上しだいに明らかにされてきている。ところが、私学において婦人教師の職場結婚が制約をうけるという状況が、実在するようである。神戸地裁判決が指弾したケースによると、神戸の私立女子高校の婦人教師が一九六五年四月に同僚教師と結婚したところ、九月末目付で無給休職とされ、学校側では、女子高校という特殊性から職場結婚をした教師はどちらかがやめるのが四十年来の伝統だと主張している。これに対して判決は、職場結婚者はやめるという慣行や伝統には、学校教育とのかかわりでの合理性が十分でないと認め、婦人教師の休職処分無効確認の訴えを勝たせたのであった。
 もし教師の職場結婚がその学校の教育に直接具体的な障害をもたらすことがあったとした場合にも、そのゆえに教師を退職させようとする私学当局は、その教師の意思に洽う再就職のあっせんに努めるという身分保障義務をそれなりに負うものと解すべきではなかろうか。婦人教師もまさに結婚の自由を特つうえ、結婚したことによって教職適格性を無くしたわけではない以上、公教育機関としての私学の設置者には、公立学校管理当局と基本的に同様な、現職教師の身分尊重に努める義務が有ると解されるからである。
 ちなみに、ILO・ユネスコ「教員の地位」勧告もつぎのとおり記していることが、知られてよい。「結婚は、女子教員の採用または継続雇用の妨げとはみなされないものとし、かつ報酬その他の労働条件に影響を及ぼさないものとする。」「家庭の責任を有する女子教員が自己の家庭のある地域で教育の職を得ることができ、かつ夫婦がともに教員である場合には、その夫婦が同一地区内または同一の学校で教えることができるような措置が講じられるものとする。」
 なお、別の話として、公立学校教師が海外新婚旅行を計画したが県教育委員会が許可しなかった、というケースがある。新聞に、「先生の海外ハネムーンだめ。無粋な教委、組合は人権侵害」と報ぜられた。香川県立高校の婦人教師二人がそれぞれ、一九七二年一二月中旬に年休を加えた新婚旅行としてハワイとグアム島行きを計画し、「校務に支障はない」との校長意見を付して県教委に国外私事旅行許可願を出したが、「海外新婚旅行は派手すぎ、学校を休んで行くのは一般社会への影響がありすぎる」として許可されず、やむなく国内旅行に切りかえざるをえなかったというのだ。当局側が、学校運営への支障を理由に年次有給休暇の時季変更を行なうことはともかく、教師の海外新婚旅行は学校の休み期間中でなければならないといった規制をすることは、結婚をめぐる重要な私生活の自由の侵害にわたるように考えられる。
 子どもや父母から人間的信頼を得ている必要がある教師にとっては、名誉権がとりわけ貴重であり、誤った事実の公表による名誉侵害から守られていなくてはならない。ところがここに、教師の名誉侵害に対して校長に慰謝料支払いが命ぜられたケースが有る。佐世保市立中学の三年生担任の一教師が、「思っていることをはっきり言える生徒に育てる」という方針から、一九六九年六月に教室内に落書コーナーを設けたところ、「ベトナム戦争反対」「国会議事堂をぷちこわせ」などの落書がなされた。巡視中の校長がこれを見つけてはぎ取り、担任教師のそそのかしによるものと速断し、そのむね市教委に報告したり生徒の親を呼び出したりしたため、その担任教師が政治的偏向教育をしているとの風評が広がり、市議会で追及される事態にまでいたった。判決は、校長が誤解にもとづく公表行為をなしたことによって、真摯に教育を行なおうとしていた担任教師の名誉を損なったものと判定している。
 ここには教師の教育権にかかわる問題もふくまれているが、教師の服務監督をめぐる管理当局の動きのいかんによっては、たしかに誤認的公表による教師の名誉権の侵害という結果にいたりうることが示されているであろう。

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