思想良心の自由と教育員人事

 人間は精神的動物であり、考える葦だと言われるように、思想、良心をはじめ精神的なものが人間にとって貴重である。とりわけ教師にあっては、思想、良心の自由の保障がだいじだと言わなければならない。教師はみずからの思想内容をそのまま教育内容にできるわけではないが、みすがら自由に決める思想、良心を持ちえていることが、自主的精神に充ちた人間として教育に当っていることの証しだからである。教師に対して思想統制がなされているような教育界で、子どもたちがすくすくと伸びていく教育が行なわれるとは、とうてい考えがたい。また、どんな思想を持つ教師も、子どもの学習権と人間的発達を保障するために必要な教育的専門性を高めるよう努力しなければならないが、みすからの思想、良心を持つ自主的人間としての教師こそが教育研究にも意欲的でありうるのである。
 ところが教師の人事において学校管理当局は、教師の人物評定としてその精神面にそれなりに注目することとなり、さらには偏向教育のおそれを気にして教師の思想面を問題にしがちのようである。思想、信条による差別取扱いは、一般の労働関係や公務員人事についても労働基準法三条や地方公務員法一三条によって禁じられているが、教師人事にあっては、一般の労働者や公務員に増して思想、良心の自由の特別な保障がなされるべきであると解される。教師人事については学校管理当局が多分に人事裁量権を持っているので、思想、良心の自由の保障と思想差別の禁止ということは、当局の人事裁量の法的な限定、粋づけとして実現されなければならないところである。

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 公立学校の教員採用は、都道府県教育委員会が行なう教員採用試験を経て行なわれている。そこには、第一次筆記、実技試験と第二次面接試験との合否判定のしくみが有る。採用試験制度は自由任用制度に比べて思想の自由にとってのぞましいしくみであるかに見えよう。だが教員採用試験は、すでに教員免許状を持っている者を対象にし、たんなる技術的な資格試験を越えて、多分に裁量的な競争試験となっている。そこで、こんにちの日本の教育界において思想的な分れのあるテーマが偏って出題、質問されるようであれば、思想差別的試験に陥る可能性を指摘しなければならない。
 日本学術会議総会に出された、学問思想の自由委員会の報告書「教員の任用をめぐって」は、教員採用試験における思想調査的出題の結果として教育系大学、学部の自治会活動家学生が相当多く不合格通知をうけるなど、教員採用に関して思想差別の疑いがあることを表明して注目されている。事の性質上、人事における思想差別といったことは、直接的に公に証拠だてられる可能性が少ない。すべては当局による人事裁量のかげにかくれている。しかしだからこそ、思想の自由の保障を十分にふまえた教員採用制度としては、疑われる余地の少ないしくみを採る必要があろう。採用試験管理は、教育界各層からの自主的代表参加をふくむ委員会によって行なわれ、出題方針などの決定がそこでなされるようなしくみがのぞましいと考えられる。ちなみにILO・ユネスコ「教員の地位」勧告でも、「教員採用の方針は、教員団体の協力により、適当な程度に明確化されるものとする。」と書いているのである。
 一九四九年から五〇年にかけて、占領事の政策転換の下で全国各地で推進された教員レッドパージが、基本的に共産主義者ないし同調者を思想差別する追放人事だったことは、こんにちでは全く明らかであろう。しかしその場合でも、けっして共産主義思想が直接に処分理由とされたわけではなかった。教育公務員の分限免職ないし休職処分の理由である。教職不適格または過員整理の基準として、勤務態度不良、学校経営非協力のほか党派的政治教育・政治活動・政党所属などが挙げられ、総合判断によったと当局側は唱えていた。そして裁判例の多くは、当局の人事裁量としてパスさせ、被処分者を敗訴せしめたのであった。
 すでにのべたとおり、思想差別人事といったことは直接的に公に証拠だてられる可能性が少ないのが本来なのであるから、人事委員会や裁判所では、とりわけ教師人事については、間接的な諸事実から合理的に思想差別が推定されないかどうか、という形で十分な審査をなすべきであろう。これに対して、もし思想差別の事実が直接的に証拠だてられるようであれば、もとよりそれが処分人事の真意として、公式の処分理由が他に有っても、裁量権の濫用の違法を免れないことになるとともに、現実にはかくれた裾野の広大な氷山の一角ではないかとの疑いをかけられてもしかたがないであろう。ところが、公立学校教師の転任処分をめぐって思想差別の直接証拠が公になるケースが実在したのである。
 北海道教育委員会は一九六五年度から広域人事五ヵ年計画を実施しており、六六年四月一日の赤平市立A小学校M教諭の僻他校転任も表向きはその計画の一環として行なわれた。しかしM教諭の側では、この不意転(意に反する転任)は、A小と地域の教育運動の中心であったM教諭を校長が嫌悪したことにもとづく不当処分だとして道人事委員会に審査請求を行なっていた。ところがその審埋過程において偶然、転任処分を真にうらづけた秘密文書が人びとの前に出現することとなった。その模様は第三者によってつぎのとおり描写されている。
 「昭和四二年七月二〇日の午後、北海道としてはめすらしく三〇度をこす猛暑のなかで、北海道人事委員会による「昭和四一年度教員不当配転」事件の審埋かおこなわれていた。一〇回目の審理だというのに、被告の道教委側は強制配転の理由を明示せず、「次回に文書で」とか「調査し整理したうえで」などと逃げるばかりであった。怒り出した教師たちは道教委側の不誠実さをはげしく追及し、会場は一時騒然となった。道教委側が「資料をとってくる」ということで休憩となった。道教委側かあたふたと退場したあとに、三冊の極秘資料がおき忘れられた。それを拾いあげた教師たちの実感が、「やっぱりあった」だったのである。
 道教委側がおき忘れていった書類は、地方教育局の原議書「昭和四一年度転任処分資料」であり、学校長や市町村教育長が道教委に提出した具中書、内申書、公用腕に記された私信が綴られていた。その私信なるものは、強制配転のために洗いあげた、ブラックリストというべきもので、とりわけ赤平市A小学校長の提出した書類は、公安・警察の力をかりなければ知りえないようなことが、つぎつぎに記入されていた。全教職員について思想調査をおこなったものである。姓名の冒頭に○△を付して共産党員ならびに同調者であることを示している。このリストには、○○思想傾向、日常の行動や生活態度、加盟団体名と活動状況が記入されている。それだけではなく妻や夫、家族の思想や行動まで洗いだしているのだからかどろかざるをえない。
 この事件は、人権問題として、一九六七年に日本学術会議の「学問・思想の自由委員会」で、六九年に日本弁護士連合会で取りあげられたが、六八年八月からはM教諭の出訴によって札幌地裁に持ち出された。そしてA小学校長の極秘私信は法廷での書証となる。もはや裁判の結果は明らかで、札幌地裁は七一年一一月一九日につぎの理由を付して転任処分取消判決を下した。
 A小学校長は、「前任以来、同校教職員に対する指導その他の校務に従事するよりもむしろ機会あるごとに積極的に開校教職員及びその家族、友人等の思想、信条、政治的行動に対する情報の収集に努力し、原告を含むこれらの共産党員ないしその同調者をA小学校の教職員中から排除しない限り、意図する同校の運営は不能であり、昭和四一年度の開校の教職員の人事異動に際し、原告を同校から他校に転出させようと考えるにいたった。」「地方教育局においてもA小学校長が提供した情報の確認に終始し、結局以上の資料に基づいて本件転任処分をした。」「そもそも教職員の人事異動は、教育行政の一環として教育基本法の精神に基づき、教育目的を遂行するに必要な諸条件の整備確立を目標とし、教職員の身分を尊重しつつ行なわれるべきであって、したがってこのような考慮を欠いたまま僻地、非僻地間の交流を図る等の目標を名目に、当該教員の思想、信条を理由として人事異動を行なった場合、その転任処分は思想、信条による差別の面からは憲法一四条、一丸条に、処分の目的の面からは教育基本法の精神にいずれも反するものとして違法といわざるをえない。」
 道教委当局はこの判決に対して控訴しなかったため、M教諭は五年八ヵ月ぷりにA小学校に復帰することとなった。このような事件は全関係者にとっての不幸であるが、思想差別人事の直接証拠が現われるようではその裾野が広大であることを想わざるをえず、ひいては教職員人事一般のあり方が人権保障を十分にふまえるものになっていないのではないかという疑いを抱かせる。そのような疑いの余地をのこさないためにも、教職員人事異動を教職員本人と自主的代表との参加をふくんだ公正手続によって行なうしくみに改革していくのがよいと考えられる。ILO・ユネスコ「教員の地位」勧告に「教員は、専門職としての地位または経歴に影響を及ぼす恣意的措置から十分に保護されるものとする。」(四六項)と記されているのも、このような趣旨をふくんでいるであろう。

戦後改革における人権保障と教育のかかわり/ 障害児に関する就学義務猶予、免除/ 国公立学校における特別権力関係/ 私学における人権保障の適用/ 教育に関わる一般人権と教育人権との区別/ 教育に固有な人権としての教育人権/ 子ども達の生命、身体権について/ 学校施設での環境の悪さによる人命事故/ 教育活動条件の悪さによる自身事故/ 人身事故を招いている体罰/ 子どもの健康権と学校給食/ 子どもの私生活の自由とプライバシー/ 学校活動と家庭プライバシー/ 公教育における思想良心の自由/ 愛国教育と思想良心の自由/ 学生生徒の政治活動の自由と校内教育の秩序/ 平等権と家庭科の女子必修問題/ 私生活の自由と教職員の服務規則/ 思想良心の自由と教育員人事/ 教師の政治活動の自由とその制約/ 教職員の休息権/ 教職員の労働基本権/ 子どもの教育をうける権利/ 能力に応じて教育を受ける権利/ 学習権と社会教育/ わが子の教育に関する親の選択の自由/ 文化を担う国民の教育参加の自由/ 私学教育の自由と公費助成/ 教師の教育権の複合的性格/ 学問の自由と教師の教育研究発表の自由/ 教師の教育の自由と子どもの学習権/ 教育界における人権保障方式/

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