教師の政治活動の自由とその制約

 政治活動の自由は、選挙権、選挙運動の自由を中心とする参政権として、また政治的な結社、集会、デモ行進、ビラまきなどの表現の自由として、現代社会に生きる人間である主権者国民にとって、きわめて重要な人権であると言える。それでは教師たちにとって政治活動の自由はどのように意昧づけられるであろうか。
 第一に、教師各個人は職務外にあってはそれぞれ一市民であるから、国民、住民としての政治活動の自由を基本的に持つべきであろう。政治活動は思想表現行動の一形態であって、思想を持つ者はしばしばみすからの思想をきたえ実現していくために政治活動を行なおうとする。自主的人間として思想の自由を持った教師は、それに伴って政治活動の自由を求めることになる。学生、生徒の政治活動について前述したように、現代社会に生きる教師たちにとって、集会、集団行動への参加は少なからず生きた政治学習の手だてでもあって、政治活動は教師の人間的成長にも役立つ面があると考えられる。ILO・ユネスコ、教員の地位勧告では教員の権利という節のなかで、「教員の社会生活および公的生活への参加は、教員の個人的発達、教育活動および社会全体の利益のために奨励されるものとする。」と書いているのである。このように現代における政治活動は、政党活動や選挙運動にかぎらず、教師たちの日常的市民生活において多様に行なわれうるものであるが、それがアクティヴに発展すれば教師個人としての政党活動や選挙運動にもいたるであろう。
 第二に、教師たちの労働組合であり職能団体でもある教職員組合はその働きのために政治活動を必要としており、組合員としての教師は、しばしば組合の統一行動として政治活動の自由を活用することとなる。こんにちにおける教職員組合は、教育政策の是正の要求をはじめ子どもの教育のためにのぞましい政治をめざして、労働基本権をはたらかせるとともに、結社、集会、デモ、ビラまきなどの政治的集団行動や組織的な選挙運動をも行なっていくことを、現実に必要としている。現代の公教育制度は現実に政治にかかわるところが大で、現代の政治は圧力政治といわれる実情に有るからである。一般の多くの教職員は、個人的な政治活動よりも、この組合の統一行動としての政治的集団行動に参加する機会のほうが多いであろう。

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 第一に、戦後日本の公職選挙法は、「教育者は、学校の児童、生徒及び学生に対する教育上の地位を利用して選挙運動をすることができない。」と規定し、それに一年以下の禁銅をふくむ罰則を付してきている。この、私学をふくめてすべての教師の地位利用選挙運動禁止の規定自体は合憲法的であるとしても、人権侵害にわたらないためには合理的な範囲に限定解釈をすべきであろう。
 この点で福岡地裁判決は、大分市立中学校の一教諭が一九七一年の参議院選挙に際して元高校教師の候補の選挙用はがきに「よろしく」と添え書きして生徒の父母に郵送した行為を無罪と判定し、つぎのように注目すべき解釈を示している。
 公職選拳法一三七条において「教育者がその地位を利用して選挙連動をしたとするには、教育者が生徒らに命じて選挙運動をさせたり、父兄会の席上もしくは家庭訪問の際に選挙運動を行うなど教育者の地位にあることの便宜を直接利用したとみなされる場合のほかは、教育者の選挙人に対する働きかけが、その地位に伴う影響力により当人の選挙権行使についての自由な意志が多少とも阻害されるおそれがある態様のものであることを要するのであって、これがただ、対象が自己の担当する生徒らもしくはその父兄であり、これらの者に何らかの影響力を及ぼしたことのみで直ちに同条にいう地位利用に当ると解すべきものではない。」
 第二に、一九五四年に教育の政治的中立性にかんする二法律の一つとして論議をよんだ教育公務員特例法二一条の三が「公立学校の教育公務員の政治的行為の制限については、当分の間、国立学校の教育公務員の例による」と、公立学校教師の政治活動制限を一般の地方公務員よりも強化している。これは現実には、日教組の政治活動を抑えたいという保守党とその政府の意図に根ざした立法であったと見られ、そのことは、同時に制定された「義務教育諸学校における教育の政治的中立の確保に関する臨時措置法」につぎの規定が罰則づきで盛りこまれたところにも端的に示されていた。「何人も、教育を利用し、特定の政党の政治的勢力の伸長又は減退に資する目的をもって、学校の職員を主たる構成員とする団体の組織又は活動を利用し、義務教育諸学校に勤務する教育職員に対し、これらの者が児童又は生徒に対して、特定の政党等を支持させ、又はこれに反対させる教育を行うことを教唆し、又はせん動してはならない。」
 たしかに、一九五二年に日教組をバックに「日政連」が結成され、それが政治資金規制法上の政治団体として活動して、当初から国会議員選挙で相当な成果を挙げていた。しかしこのこと自体は、こんにちにおける教職員団体の動きとしてある程度必然視されうるところであって、そのゆえに教職員組合員たる教師たちの政治活動の自由を強く制限してよい理由にはならないであろう。
 のみならず一九五四年の教育公務員特例法改変による公立学校教師の政治活動制限の強化は、選挙運動にかぎらず、より日常的な政治活動までを広汎に抑えようとした点で、人権問題をいっそう深刻にはらんでいる。かねて国家公務員の政治活動を罰則づきで制限してきた人事院規則一四一七「政治的行為」は、その禁止範囲の広汎さで論議をよんだため、地方公務員法三六条二項は、罰則なしの政治活動制限をかなり限定して書くことになっていた。ところが公立学校教師の政治活動制限は、教育公務員なるがゆえに再び強化の方向に向けられ、人事院規則一四・七が準用されるところとなったのである。その結果、文字どおりには、特定内閣の反対や「公の機関において決定した政策の実施を妨害する」といった目的で、デモや署名運動の組織、集会での公的発言、文書の作成・掲示・配布、政治的服飾表示などを行なうことが、すべて禁止されてしまうかのようである。市民としての教師たちの政治的表現の自由が侵害されることのないように、これら制限法規は限定的に解釈されていかなくてはならない。
 ここで教師の人権保障の見地から根本的に問われてよいのは、教育公務員の政治活動制限は一般公務員のそれよりも、教育の政治的中立性の要請があるだけ強化されてよいという考え方が正しいか、である。いわゆる、政治的偏向教育の是正についても、教師の教育活動の自立性が保障されるべきことから、法的規制は至難だとされるわけであって、まして教師の政治活動の制限は、がんらい教育活動への障害を防止する目的に出るものであるから、その必要性はけっして具体的に明瞭なのではない。教師と学校の教育活動に理由のある障害をもたらすような政治活動は制限されてもやむをえないが、そのためには広汎な制限法規などは要らす、教育活動への障害予防に急なあまり広汎な制限法規を設けるときには、市民としての教師の政治活動の自由を侵害することとなりやすい。そこで現に、欧米各国とも、教師たちの政治活動を法律で一律に制限することには慎重なのであって、少なくとも教育公務員について一般公務員以上に制限を強めるという傾向は見られないのである。ILO・ユネスコ「教員の地位」動告のつぎの条項も、まさにそのような国際的確認として注目されるであろう。
 「教員は、市民が一般に享受しているすべての市民的権利を行使する自由を有し、かつ公職に就く資格を有するものとする。」「教員は、公職に就く要件として教職を離れなければならない場合にも、先任権および年金に関しては教職にとどめられるものとし、かつ公職の任期終了後は、従前の職またはこれと同等の職に復帰することができるものとする。」

戦後改革における人権保障と教育のかかわり/ 障害児に関する就学義務猶予、免除/ 国公立学校における特別権力関係/ 私学における人権保障の適用/ 教育に関わる一般人権と教育人権との区別/ 教育に固有な人権としての教育人権/ 子ども達の生命、身体権について/ 学校施設での環境の悪さによる人命事故/ 教育活動条件の悪さによる自身事故/ 人身事故を招いている体罰/ 子どもの健康権と学校給食/ 子どもの私生活の自由とプライバシー/ 学校活動と家庭プライバシー/ 公教育における思想良心の自由/ 愛国教育と思想良心の自由/ 学生生徒の政治活動の自由と校内教育の秩序/ 平等権と家庭科の女子必修問題/ 私生活の自由と教職員の服務規則/ 思想良心の自由と教育員人事/ 教師の政治活動の自由とその制約/ 教職員の休息権/ 教職員の労働基本権/ 子どもの教育をうける権利/ 能力に応じて教育を受ける権利/ 学習権と社会教育/ わが子の教育に関する親の選択の自由/ 文化を担う国民の教育参加の自由/ 私学教育の自由と公費助成/ 教師の教育権の複合的性格/ 学問の自由と教師の教育研究発表の自由/ 教師の教育の自由と子どもの学習権/ 教育界における人権保障方式/

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