教職員の休息権

 国連の世界人権宣言二四条によれば、「何人も、労働時間の合理的な制限と定期的な有給休暇とを含む休息および余暇を得る権利を有する。」 休息し余暇を楽しむことは、がんらい人間の私生活の自由に属していたが、労働者が有給の休息を保障されなければならないということで、生存権的な休息権にまで高められてきた。日本国憲法二七条二項が「賃金、就業時間、休息その他の勤労条件に関する基準は、法律でこれを定める。」と書いているのも、労働者にかんする生存権保障として、そこに休息権という現代的人権をふくめているものと読めよう。
 もっとも週休二日制に向っているこんにちでは、休息権を超えて余暇権という新たな人権保障が主張されるようになっているが、ほんらい休息権も、たんに休養によって労働者の健康を守るだけではなく、人間らしい文化生活をおくるのに必要な余暇を確保することをも目的としていると解されえたのである。そうだとすると、教師にとって休息権は、健康で文化的な生活を営むという生存権の両面にわたって、日常的に重要な人権と言える。

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 あまりに忙しすぎる今の日本の教師たちにとって、健康権としての休息権はまさに死活問題なのであって、少なくとも労働基準法は完全実施されなければならない。いかに聖職的に見える教職もなま身の人間労働に依っている以上、休息への人権をふまえないしくみは不条理である。教師なるがゆえに労基法が定める最低労働基準を下まわってもやむをえないといった特殊性が認められることは、けっして無いはずで、なま身の人間労働によって子どもの教育にたすさわる教師の労働条件は、子どもたちの教育をうける権利の保障にかかわる教育条件でもあるものとして、いっそう良く保障されていかなければならないのである。教育基本法六条二項が「学校の教員は、全体の奉仕者であって、自己の使命を自党し、その職責の遂行に努めなければならない。このためには、教員の待遇の適正が、期せられなければならない。」と書いているのも、その趣旨に読める。そう読んでこそ、ILO・ユネスコ勧告八項の、「教員の労働条件は、効果的な学習を最もよく促進し、かつ教員がその専門的任務に専念できるようなものとする。」との勧めにマッチするであろう。
 さらに、休息権が十分に保障されることによって文化的な人間生活の時間がもたらされることは、教師にとっては自主研修の条件としての意味を特つことになろう。教育公務員特例法一九条一項に「教育公務員は、その職責を遂行するために、絶えず研究と修養に努めなければならない。」とあり、教育に直接かかわる研究が自主的職務研修であるほかに、個人的に教養を積む修養も教師の場合には職務外の自主研修として予定されている。自宅研修をもふくめて教師の休息権の時間的保障はそれだけ十分なものでなくてはならない。
 このように、教師は休息権を、みずからのためだけでなく、子どもたちの教育のためでもある人権として、主張していけるのである。
 教育公務員にも労働基準法は原則的に適用されることになっている。ところが現実には、教育条件整備がおくれているままに教育労働負担は教師たちに重くのしかかり、労基法は学校ではなかなか守られない。
 労基法三四条が、一日六一八時間労働の職場では、自由に利用できる休憩時間を途中で少なくとも四五分与えなければならないと規定していても、小・中学校の昼休みは給食指導などがあってとても休憩にはならない。今後とも労働法的な権利実現の努力と工夫がなされていく必要がある。また労基法三五条による週一日の休日ですら、学校行事や父親参観日などの休日労働によって削られがちであるとしたら、代休措置が当然とられるべきであろう。さらに、労基法三九条三項が「使用者は有給休暇を労働者の請求する時季に与えなければならない。」とし、都道府県条例で「年次有給休暇」を二〇日と保障していても、夏休みの三分の一を年休にさせられてしまうといった実態も有るという。しかし世界的に見ても、学校の教師には夏休みなど長期休業期間中に十分な自宅ないし校外自主研修の機会が保障されているのが普通なのであって、年休はそれとは別にそれ以外の時季に取れるようでなくてはならない。
 そもそも、休息権をふまえた労働のしくみとして勤務時間の限定が有る。公立学校教職員の勤務時間制は、労基法三二条一項の八時間労働の原則を前提として都道府県条例で週四四時間と規定されているのだが、実際にはたいして勤務時間の限定という保障的役割を果していない。一九五〇年代いらい全国各地で公立学校教師がおこしていた超勤手当請求訴訟は、勤務時間の限定的明確化という人権主張の意味を侍っていたわけで、労働基準読のもとで教師だけ当然に超勤手当をもらえないという変則が許されるはずはなかった。事実、うちつづく教師側の勝訴は、ついに同旨の最高裁判決にまでいたった。ところがその直前、一九七一年五月に、いわゆる給特法が新システムを定めるにいたった。公務員教師には、本俸に四%分を上積みするかわりに労基読にいう時間割増しの超勤手当を出さないこととし、それとともに、命じられうる超勤業務を項目的にきわめて限定する、というのである。これは一つのシステムであるけれども、現実の学校にはクラブ指導など課外教育活動の超勤が未解決に残されているのであって、新システムが勤務時間と超勤の限定という人権保障の実を挙げうるためには、当局による積極的な条件整備が伴わなければならないであろう。
 女性は、その母性保護のために特別な休息権を得なくては、人間らしい生存と生活を全うすることができない。そこで労働基準法は、生理休暇や出産休暇など婦人労働者の母性保護のための特別な休息権保障について規定している。婦人教師の場合には、教育労働負担をめぐる困難に照らして、その母性保護にはいっそうの保障が有ってしかるべきであろう。
 いわゆる産休法は、婦人教師が労基法六五条にもとづく産前・産後各六週間の休暇を取りやすいように、当局に補助教員の臨時採用を義務づけた。さらに、いわゆる育児休業法によって、婦人教師等は産後一年内は無給の育児休業を求めることができ、その間はやはり補助教員が臨時採用される建前になった。しかしこれらの法律的保障が現実のものとなるためには、行政当局による条件整備とともに、各学校での校務分掌計画をめぐり教職員集団の協力と父母・子どもの理解とがなくてはならないであろう。そしてその際に基本となるのは、女性が子を産み育てること、そのための休息が最高度の人極性をになっており、婦人教師もその人権を百パーセント主張できるはすだ、という理解であろう。
 なお、この二法律は、全国の婦人教師と日教組婦入部を中心とする長年の立法要求運動が実を結んだものであって、教職員の人権を実現させる法律という特徴を示している。これは、戦後日本の教育政策立法が少なからず人権侵害問題をはらんできたことと対比されよう。

戦後改革における人権保障と教育のかかわり/ 障害児に関する就学義務猶予、免除/ 国公立学校における特別権力関係/ 私学における人権保障の適用/ 教育に関わる一般人権と教育人権との区別/ 教育に固有な人権としての教育人権/ 子ども達の生命、身体権について/ 学校施設での環境の悪さによる人命事故/ 教育活動条件の悪さによる自身事故/ 人身事故を招いている体罰/ 子どもの健康権と学校給食/ 子どもの私生活の自由とプライバシー/ 学校活動と家庭プライバシー/ 公教育における思想良心の自由/ 愛国教育と思想良心の自由/ 学生生徒の政治活動の自由と校内教育の秩序/ 平等権と家庭科の女子必修問題/ 私生活の自由と教職員の服務規則/ 思想良心の自由と教育員人事/ 教師の政治活動の自由とその制約/ 教職員の休息権/ 教職員の労働基本権/ 子どもの教育をうける権利/ 能力に応じて教育を受ける権利/ 学習権と社会教育/ わが子の教育に関する親の選択の自由/ 文化を担う国民の教育参加の自由/ 私学教育の自由と公費助成/ 教師の教育権の複合的性格/ 学問の自由と教師の教育研究発表の自由/ 教師の教育の自由と子どもの学習権/ 教育界における人権保障方式/

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