教職員の労働基本権

 日本国憲法二八条は、西欧労働運動一世紀の歴史的成果をうけ継いで、「勤労者の団結する権利及び団体交渉その他の団体行動をする権利は、これを保障する。」と記している。そして学校の教師も、働いて得る賃金で生活する者として、労働者であることは、法的には異論がない。
 団結権(労働組合結成権)・団体交渉権(労働協約締結権)・争議権などの労働基本権は、全逓中郵事件にかんする最高裁判決が確認したところによれば、「生存権の保障を基本理念とし、勤労者に対して人間に慎する生存を保障すべきものとする見地に立ち、経済上劣位に立つ勤労者に対して実質的な自由と平等とを確保するための手段として」保障された人権である。そしてそれはたしかに一般には、賃上げ要求の団交やストといった経済的生存権の面で目立っているが、とりわけ日本の私立学校の教職員にとっては、それ以前に、組合づくりの団結権主張が学園経営者に対する根元的な人権主張だという状況が少なくないのである。その極限状況はつぎのように描写されている。
 「六〇年安保闘争の二年ぐらい前の話である。幼稚園と高校をもった東京北部のある私立学校で組合が結成された。校長の横暴と労働条件のひどさが原因であった。生徒募集期に入ると学園のすぐ隣りの豪壮な学園長の邸宅で、公立中学の教師たちを「学校説明会」といったふれこみで集め、連日にわたって、教師たちは授業をほうり出して、料理をはこび、ビールを注いでまわる。「男芸者はツライ」といいながら、それはどうしようもない状態であった。いっぽう教師は、職員会議などで何か積極的な発言をすると、一時金のときに「一声千円」の割合いでかならず差引かれる。だから「沈黙は金である」と淋しく笑う教師たち。」
 ほんらい人間としての個人の尊厳の保障要求は、近代憲法における自然的な自由権に基づくはずの問題であって、このような私学の状況はまさに前近代的である。しかし教職員個々人は学園経営者の人事権などの前に弱い立場に有るから、現実に経営者に対して人間的な主体性を確立していくのには、労働者としての団結の力とその権利主張に依るほかはないであろう。一九五四年の近江絹糸の争議において人権争議、人権ストと呼ばれたような運動が、私学の教職員にはなお必要であろう。しかも、一九六二年の実践女子学園事件のように、労働組合ができたあとも、組合役員が組合活動のゆえに解雇されるといった不当労働行為攻勢に抗して、教職員は長い闘いをつづけなければならない。
 このように日本の私学の教職員にとっては、労働基本権としての団結権が、現実に人びとの人間的主体性を支え、教育の基盤をつくり、すべての人権保障の端緒をなすことが少なくないようである。

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 争議権・スト権は、労働者がその集団的な要求を実現していくために労使関係において持つ最有力手段として歴史的に法語されてきた労働基本権である。私企業の労働者にとって、それは生存権確保のために不可欠的な手だてだと認められている。しかし、日本および若干の欧米諸国では、官公労働者のスト権は第二次大戦後においても法制上なお未決の問題とされてきた。公立学校教職員のストライキは、その官公労働法制の動向下に置かれながら、現実的にも法制上もひときわ目立つ状況に有ると言えよう。ILO・ユネスコ「教員の地位」勧告は、つぎのとおり書くだけで教師のスト権について十分明瞭に表現していなかった。「雇用条件等から生じる教員と使用者との間の交渉が決裂した場合には、教員団体は、他の団体にその正当な利益を守るために通常認められているような他の手段をとる権利を有するものとする。」ところが一九七六年三月のILO・ユネスコ合同専門家会議では、教職員のすべてにスト権が与えられるべきもので、ストの全面的禁止は教員の地位勧告の趣旨に反する、という結論をまとめ注目を浴びている。
 周知のとおり日本の公立学校教職員に適用される地方公務兵法三七条一項は、争議行為、ストライキを全面的に禁止する文言を規定している。これに対して、東京都教組勧評反対スト事件にかんする最高裁大法廷判決は、前述の全通中部事件判決に示された労働基本権の生存権説をうけ継ぎ、地方公務員法三七条一項はスト制限を必要最小限度に行なうものと合憲的に限定解釈すべきであるとした。そして、公務員ストが禁止されるべきかどうかは国民生活に支障を及ぼすおそれの程度とスト目的たる法益との比較によって判断されるべきで、その結果は、合法ストから違法性の弱いないし強いストといったバラエティーが有りうる、というのである。ところが、このいわゆる都教組四・二判決は間もなく、全農林職組事件にかんする最高裁大法廷判決に置きかえられ、公務員ストの一律全面禁止も合憲であると判示されるにいたった。この四・二五判決が確定判例であるかどうかには疑問が有りうるが、これに従うならば公務員ストはすべて違法とならざるをえない。しかし同時に、前述した労働基本権の生存権説とその制限の必要最小限の原則までが否定されないかぎり、四・二判決にいうストの違法性の強弱論は存続しているものと解することができよう。そして違法性が弱いストに対して重い処分などはできない道理であるから、各ストについて国民生活との支障度を具体的に吟味してかかる必要が残されていることになろう。
 生存権としての労働基本権も、他の国民の生存権的な人権と衝突するときには、適切な調整によってその具体的保障範囲が画されるほかはない。基本的人権が公共の福祉によって制限を受けるのではなく、人権の保障範囲は他の人権との衝突の適正な具体的調整によって画されるべきで、公共の福祉は人権衝突調整の一原理にしかすぎないというのが、前述のとおりこんにちの支配的な憲法学説である。そこで官公労スト権の保障範囲も、他の国民の生存権的人権との衝突関係を具体的に見定めながら考えることになろう。教師のスト権については、子どもの教育をうける権利という生存権的人権との関係が問われることになろうが、そこにどんな人権衝突が有るか否かは、十分に吟味されていかなくてはならない。学校ストである以上、子ども、生徒の平常授業をうける権利との衝突が有ることはたしかであるが、それが教育をうける権利にとって実質的にいかなる意味を持つかは、重要な教育労働法上の検討課題なのであって、教師ストが常に基本的に子ども、生徒の教育をうける人権と衝突するという見方は速断だと言わなくてはならないのである。
 第一に、ストによる授業のおくれはのちに挽回できるから、子ども、生徒の学習への影響はその挽回可能性とその後の挽回状況をふくめて見定める必要がある。都教組勤評反対スト処分を取り消した東京地裁判決によれば、学校の年間授業計画は「ある程度の余裕をとって立てられて」おり、一日の授業のおくれは「通常二、三週間で回復することができる」とされる。たしかに、官公労ストと国民の生存権的人権とのかかわりでは、病院や水道・電気・ガス・交通などの公共事業の場合のほうが国民生活への影響がはるかに大きいであろう。
 第二に、一定時期の平常授業の実施とは比較にならないほどだいじな事柄が、教職員ストの効果として実現ないし問題提起されるということが有りうる。一九五七年に佐賀県教組が県赤字財政再建のしわよせによる教職員勤務条件の最悪化に抗して打った教育防衛ストは、佐賀地裁判決によって、利益較量の末、むしろ教育の為になる面が大きいと判定されたのであった。ここで基本をなすのは、教職員の労働条件はすべて教育条件でもあり、したがって労働条件の改善を要求する教組のストは教育条件整備要求の行動として子どもたちの教育をうける権利の保障を促す関係に立ちうる、ということである。
 第三に、教師ストが子どもにもたらす精神的影響という面でも、教育専門的にすぐれた、ストライキ生活指導が前後に十分行なわれることによって、教師ストはむしろ人権教育的効果をも伴いうる、という関係が有る。教育公務員ストは法禁されているといっても、労働者のストライキ行為にはちがいなく、前述のように現行法制上どの程度違法かどうかが法的に争われている問題だということであるから、こんにちの学校内では教職員のストライキ行為として思考の対象にしてよいと考えられよう。そして教師は、スト前後の教育活動において、子どもたちの学校生活にいろいろな影響を持つ教職員ストを、子どもたちの関心と発達段階とに即しつつ、生活指導のテーマとして適切に取り上げていくことができよう。このストライキ生活指導が真に教育専門的水準高く行なわれていくならば、そこにおいて労働者ストライキにかんする正しい人権意識が育成され、教師スト自体にも人権教育的効果が付随することになりえよう。とするならばそれは、教師のストライキ権という一般人権の行使が、子ども、生徒の教育をうける権利という教育人権の保障に有機的につながりうることを、示しているわけである。

戦後改革における人権保障と教育のかかわり/ 障害児に関する就学義務猶予、免除/ 国公立学校における特別権力関係/ 私学における人権保障の適用/ 教育に関わる一般人権と教育人権との区別/ 教育に固有な人権としての教育人権/ 子ども達の生命、身体権について/ 学校施設での環境の悪さによる人命事故/ 教育活動条件の悪さによる自身事故/ 人身事故を招いている体罰/ 子どもの健康権と学校給食/ 子どもの私生活の自由とプライバシー/ 学校活動と家庭プライバシー/ 公教育における思想良心の自由/ 愛国教育と思想良心の自由/ 学生生徒の政治活動の自由と校内教育の秩序/ 平等権と家庭科の女子必修問題/ 私生活の自由と教職員の服務規則/ 思想良心の自由と教育員人事/ 教師の政治活動の自由とその制約/ 教職員の休息権/ 教職員の労働基本権/ 子どもの教育をうける権利/ 能力に応じて教育を受ける権利/ 学習権と社会教育/ わが子の教育に関する親の選択の自由/ 文化を担う国民の教育参加の自由/ 私学教育の自由と公費助成/ 教師の教育権の複合的性格/ 学問の自由と教師の教育研究発表の自由/ 教師の教育の自由と子どもの学習権/ 教育界における人権保障方式/

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