子どもの教育をうける権利

 子どもたちの教育をうける権利を国家が保障しようとするとき、教育の内容面である内的事項と外的条件面である外的事項とで、保障方式が多分に異なるということが有る。国や自治体の教育行政に大いにその積極的な働きが要求されるのは、予算のうらづけをもってする外的事項の条件察備である。これに対して内的事項については、各学校での教育活動が子どもたちの教育をうける権利の直接的保障に当るわけで、教育活動とそのしくみが教育人権保障にふさわしいものでなくてはならない。ここでの教育行政は、よりいっそう、条件整備に徹し、教育の自主性を尊重しつつその真の専門性向上のために助力するという控え目な態度であることが要求される。

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 ところが戦後政策転換いらいの日本の教育行政は、全休として多分に、教育人権保障原則とは逆の態度を示してきているように見える。すでに、学校事故の頻発をめぐる子どもの生命、身体の危険状況にも例示されていたとおり、積極的な保障行政措置が採られるべき施設設備などの外的事項について、教育行政のおくれがなお著しい。それに比して内的事項にかんする教育課程行政となると、教育の自主性を重んずる指導助言の域をはるかに越え出て、一九五八年の学習指導要領の文部省告示をはじめ、教科書検定の強化、全国中学校一斉学カテスト、教師研修行政などが非常な熱意をもって推進されてきている。そして、テスト教育の過熱是正や教育の真の専門性向上にかんして行政に要求されるような学校制度改革の条件整備にも、さして役割を果さなかったばかりか、いわゆる教育多様化政策によってテスト教育体制の昂進に力を貸してきている。もっともこのテスト教育の過熱昂進は、ひとり教育行政の責めに帰しうるところでなく、いうまでもなく日本の学歴偏重社会および父母、教師の教育意識のあり方にも深くかかわっている。はなはだ遺憾ながら以上の結果として、子どもたちの教育をうける人権は、教育の内、外周事項にわたって多分に空洞化されており、大幅な侵害的状況にあると言わざるをえないのである。
 ここでなお共休的な問題事態を確認しておくならば、第一に、外的教育条件整備については、日本国憲法二六条二項後段が特記している義務教育無償の教育人権保障が、いぜんとしてきわめて不十分である。一九六四年度から義務教育学校の教科書の無償給与が行なわれるようになったものの、その他の教材費、運動具をふくむもろもろの学用品費、給食費、クラブ活動費、遠足、修学旅行をふくむ学校行事参加費などの多くが父母負担とされている。さらにもっと大きく学校の施設設備費や職員手当までが多分に、PTA会費その他寄付金として、やはり父母の負担になってきた。これらはいずれも、子どもの教育をうける権利の保障として原理的にはできるだけ公費負担されていくべき公教育費に属するはずなのである。
 この点従来の最高裁の解釈によると、憲法が直接保障しているのは授業料無償だけで、それ以上は法律や予算によって実現されていくにすぎないことになり、父母負担の現状も憲法上別に問題なしとされかねない。しかしそれでは教育をうける権利という生存権の憲法的保障が、ないがしろにされてしまう。憲法が生存権的人権として教育をうける権利を保障しているなかには、公教育の費用はできるだけ公的に負担していくという「公教育費の公的負担の原則」「公教育の公費負担の原則」が、たんなるプログラム的綱領にとどまらず一つの憲法原理として有り、それは教育立法、予算をリードするとともに現行法制の合憲法的な解釈、運用に活かされていくべきものである、と解するのがよいと考えられる。
 さて第二に、教育をうける人権にとって、教育内容面でこんにち重大な事態は、前述のテスト教育万能主義であろう。テスト成績による生徒ふるい分けの教育体制は、一九五〇年代後半いらい教育行政施策にも沿う形で、高校ついで中学へと貫徹され来たった。能力に応じた教育の多様化を名とする高校での普通科と職業科の分離が、コース制からついに普通高校と職業高校との学校種別に固まり、その結果は、受験教科のテスト成績による不合理な進路強制をもたらしている。また同じ時期に、高校入試制度が、学校格差の有るままに大きな学区制と学力検査制とによって受験競争を激化させ、それに内申書とそこにおける段階相対評価制とが相まって、中学教育をテスト中心的にせしめている。内申書の元になる指導要録の様式にかんする文部省通達に五段階相対評価が指示され、高校入試における中学内申書はそれをふまえてつくられている。普通高校では、かくして選抜された生徒を成績順に能力別クラス編成している学校すら有る。
 このような今の日本におけるテスト教育体制のなかで、テスト成績の上下によって生徒の進路を上下にふるい分けていくのが当然とされ、ひいてはテスト成績の良い者がそれだけ人間的に価値が高いように考えられる傾きが、しだいに強まっているのではなかろうか。そうとすればそこには、子どもたちの教育をうける人権の正しい理解にかかわる根本問題が有るものと言わなければならないであろう。

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