私学教育の自由と公費助成

 子どもの学習の自由と親の学校選択の自由とに対応して、近代憲法下に私学教育の自由は欠けることができなかった。現にヨーロッパ諸国の近代憲法が教育の自由を規定していれば、それは主に私立学校設置、教育の自由を意味していたのであった。現代の公教育法制にあっても、個性に応じた教育をうける権利の保障の一翼としていぜん私学教育の自由は重視され、それは国際的にも確認されている。日本国憲法は、宗教的私学教育にかんする問題意識が少なかったからであろう、私学教育の自由を明記してはいない。しかし近代憲法に普遍的な私学教育の自由を保障していないはずはなく、二〇条三項が「国及びその機関は、宗教教育をしてはならない」むね規定している反面に、私学の宗教教育の自由を予定していると読めるのである。

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 現代の私学は、ヨーロッパ諸国でも日本でも、国家に対して、教育の自由とともに大幅な公費助成を要求している。この一見矛盾した要求を持つ現代私学の教育の自由が、国民の教育をうける権利を保障する公教育制度のなかにおける国家による自由である。
 日本国憲法では、たまたま八九条が「公金は、公の支配に属しない教育の事業に対し、これを支出してはならない。」と規定しているために、これが私学助成や社会教育補助にブレーキをかけているとともに、ようやく私学助成を前進させた暁には、私学の自由の削減を条件とする傾きを生じている。一九七五年制定の私立学校振興助成法には如実にそのような傾向が現われており、目本国憲法下における私学教育の自由と公費助成をうける権利との関係を教育人権の筋道としてはっきりさせておく必要が切実になっている。
 これまでの憲法解釈では八九条だけが金科玉条のように問題にされてきたが、教育助成については二六条も立派にあって、二つが論理的に矛盾している事実を前提としてその調整をしなくてはならないと考えていくべきである。八九条には宗数団体に補助をしてもいけないと書かれているが、このほうは国家と宗教の分離を決めるニ〇条一項とぴったり一致して矛盾がない。八九条が教育補助に気乗り薄なのは、主に、国民の自主的活動にあまり国庫補助することは公金の濫費になると考えているからだが、その心配はこんにちの公教育活動についてはあまりあてはまらないのだ。だから、財政条項を優位させずに教育人権条項からの要請を活かすべきであろう。たしかにこんにちの私立学校は、独自な校風をもつ自由をのこしながらも、国民の教育をうける権利の保障に協力する公教育機関なのであって、その意味で国公立学校と同じく、公の性質をもつものだと規定されている。そこでたとえば、生徒を思想的理由から教育上差別してはならないといった公教育法の定めは、私学にもひとしくおよぶわけである。このような公教育機関として、現実にも大きな役割を演じている私学への補助は、もっと大幅に行なわれなければならない。その場合、だからといって私学の自由をこれ以上削って、公の支配に服せしめる必要はないはずであろう。

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