機会均等の原理と能力主義

学習が、人間の自然的、社会的本質に根拠を持つとすれば、その学習の権利は、社会的制度的に保障されなければなりません。それは、社会の責務です。そして、そのための原理として、教育の機会が、すべての人間に平等に保障されることが求められます。日本国憲法26条および教育基本法3条は、このことを保障しています。機会均等の原則は各人の持つ学習の権利を、社会的に保障する原理です。それは、学習するチャンスが平等に開かれ、その意志に応じて学校へ行く権利を保障するものです。それは、画一的平等ではなく、チャンスの平等であり、その機会は、公正の原則に従って開かれていなげればなりません。例えば入試が、金によって左右されたり、性別によって差別されてはならないのであり、それはあくまで、本人の能力と個性に応じて、開かれていなければなりません。とりわけ、中・高等教育への権利は、権利としては平等で、すべての者に、差別なく開かれているとともに、現実に、すべての者が、高等教育を受けえないとすれば、それは能力にもとづいて、選ばれざるをえません。この点に関するかぎり、能力の原理は、機会均等の原埋と、ワソセットの原理だといってよいでしょう。同時にその原理が、歴史的には、能力以外の一切の差別的取扱いをなくすという、平等への志向、社会の民主化への志向のなかで、まず、掲げられた理念であることを忘れてはなりません。

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年功序列や、金力や学歴がものをいう社会にあっては、能力と実力の原理が、社会的公正の観念と合致し、社会の民主化にとっても、一定の前進的役割をもっていることも確かです。
能力の原理が、社会の構成原理として、現実的に登場するのは、19世紀末以隆のことであり、今日それは、ますます強力な原理として社会の前面にでてこようとしています。そして、そのことによって、能力の原理は、かつての平等への志向から離れ、逆に現実の社会的差別を肯定し、それを合理化する原理へと転換をとげつつあるところに、能力主義の今日的問題性があるといってよいです。この機能転換を、歴史に則してみれば、明治維新による変革によって、四民平等が一応の実現をみ、教育は、学制と太政官布告が示すように、巴に不学の戸なく、家に不学の人をなくすことを目指し、教育の機会をすべての国民に開くとともに、学問は身を立つるの財本であり、人たるもの誰か学ばずして可ならんや、とあるように、人間の将来は財産や門閥によらず、各自の能力と努力によるという機会均等の考え方が一応確立しました。そして、確かに、このなかを貫く立身出世主義と能力主義は、封建体制と身分制秩序を打破する機能をもっていたことも確かであります。戦後改革は、さらに教育を国民の権利としてとらえ、伝統的な義務教育観を転換させるとともに、機会均等の原則を憲法とともに教育基本法に現定し、この原則を確固たるものにしました。戦後30数年の歴史のなかで、とりわけ1955年以降、高度成長政策の一環として、学校がそのための人材開発と人材の社会的配分機構の役割を負わされるなかで、教育の機会均等原用は、能力に応ずる教育の原則であることが、強調されるようになりました。そして、1963年の経済審議会答申は高度成長に見合う人材開発のため、社会と教育を能力主義によって再編成する溝想を提示した、中央教育審議会の高校多様化、大学種別化の構想はいずれも、その線にそうものでありました。今日では、教育基本法3条解釈として、能力のある者には豊な教育を、ない者にはそれなりの教育を、という切り捨て教育の発想が、学校の選抜的機能を強化する仕方と結びついて押し出されています。そして、このような考え方に対する批判もまた強いです。しかし、その批判は、人間能力に対する画一的平等主義に与するからではないからです。むしろ逆に、人間の多様な能力を、個性的に開花させるために、それぞれの能力に応じて、丁寧な教育を行い、その可能性の発達とその開花を保障することを求めます。これは能力を単純に高低にわけ、それに応して教育の程度を割りふりするのではなく、その個性を見極め、能力の発現の遅い子、ハンディキャップを負う者に対しても、その障害を乗りこえて発達を可能ならしめるための、ゆきとどいた、丁寧な教育を行うことを求めるものであり、その意味において、能力に応じた教育とは、権利としての教育の思想を前提とし、教育機会を均等に開くとともに、その能力の発達の必要に応じての教育の原則と解されねばならりません。そのような方向での教育機会均等論の深まりは、わが国では、教育制度検討委員会報告書にみられました。欧米においても、例えば、イギリスのプラウデン報告や、アメリカのヘット・スタート・オペレーションにみられる等の考え方のなかに従来の、機会均等論の地平を越えた発想がみられます。このようななかで、州立カリフォルニア大学の少数民族のための特別わく制度を逆差別として訴えたアラン・バツキ事件に対し、バッキ氏の主張を認めた最高裁判決二九七八年六月は、教育機会均等をめぐって、新たな論議を呼び起こすことは必至です。

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