研修権

教員の教育の自由は、教育・学習という営為の性質からも、また憲法・教育法の原埋・諸規定からも、当然に導かれることがらです。この教育の自由が実務上最も鋭く問われる事例のひとつである、教員の研修権について考察してみましょう。教員に原理上・実定法上、教育の自由があるといっても、それを、いわゆる市民的自由権にいう自由、すなわち、他人の権利・自由を侵害しないかぎりでの個人的な全き自由と同様に解するだけでは、教育ということがらの件質上不十分とならざるをえません。教育の自由とは、学問の自由を基礎としつつ、子どもの教育を受ける権利ないし学習権を実現することに寄与するものでなければならないという、当然の内容を含んでいるのであるから、教育の自由の行使もまた、そのかぎりでの責務を伴うからであります。教育そのものは、公権力の規制から自由であり、したがって教員の自主的・割造的領城にゆだねられるべきであるが、そのことは、個々の教員が個々的に勝手な教育を自由に、行ってよいことを決して意味しません。なぜなら、教育はその性質上、科学的真理には無条件に服さねばならず、それ故、教員自身が不断に教育内容・方法に関する科学的研鑽をつむことが前提とされているからです。この研鑽が科学の世界に属することがらであり、権力的規制とは本賀的になしまないことがらであるが故に、教員の自主的・割造的領域にゆだねられねばならないわけです。だから、大学教員について、ともかくも確立されてきた教育の自由と研究の自由の不可分一体性の原理は、爾余の教員においても、原則的に貫かれねばならない、以上のことから、教員の教育の自由および責務と本来の意味での研修権との密接な原理的関係が導かれるのです。

スポンサーリンク

教員にとって研修とは、権利であると同時に責務であるともいってよいです。教員の研修が原理的位置づけを得られるにもかかわらず、実務上最も問題となるのは、原理と往々にして対立する、いわゆる行政研修の問題です。教育行政機関が行うこの研修は、教育・教員に対する権力的な統制手段ともなりうるだけに、それが強化されつつある昨今、格別の法的検討を要する問題になってきました。この研修の法的根拠は、教公特法19案2項の教育公務員の任命権者は、教育公務員の研修について、それに要する施設、研修を奨励するための方途、その他研修に関する計画を樹立し、その実施に努めなければならない、との規定にあるとされています。確かに、これらの法案からすれば、教育行政機関が行う研修は、さしあたり法的根拠を有するものといえます。ただ、この種の研修の法的評値は、当然のことながら、上位規範たる憲法・教基法にもとづいてなされねばならないし、教員の研修権にかかわる関連法条と矛盾なくなされねばなりません。教育行政たる行政研修に対する法的評価の出発点は、いうまでもなく教基法10条です。そこでは教育が、不当な支配に撮することのないよう、教育行政は、教育の目的を遂行するに必要な諸条件の整備確立を目標として行われなければならないと定めています。教育行政は、教育という特殊性の故に、一般の行政と異なった位置づけがなされているわけです。この点が、研修に関する法律上の諸現定を解する場合にもひとつのポイントとなります。一般の公務員研修については、たとえば地公法39条が、職員には、その勤務能率の発揮及び増進のために、研修を受ける機会が与えられなげればならない、研修は、任命権者が行うものとすると現定しているが、教育公務員の研修については、教公特法が、教育公務員の職務とその責任の特殊性に基ぎ格別の規定をおいています。すなわち、教育公務員は、その職責を遂行するために、絶えず研究と修養に努めなければならない、すでに紹介した19条2項、および教育公務員には、研修を受ける機会が与えられなければならない等の規定がそれです。この両者の法条の相連は、一読して明らかです。たとえば、一般公務員については研修目的が、勤務能率の発揮増進に特定されているのに対し、教育公務員のそれは、職責遂行とだけされでいるだけであるし、加えて後著の研修は、教員の側の不可欠な主体的貴務として現定されています。また研修の実施主体も、明らかに任命権著となっているのに対し、そのような明文規定がなく、むしろ任命権者には、研修施設、研修奨励等の計画の樹立・実施の努力義務を命じているのみです。このような相違は、憲法・教基法が掲げた学問・教育の自由、教育行政の教育内容不介入の原則等によるものであり、それ故、教員の研修を定めた諸規定も憲法・教基法の諸原理にそって解されねばならなりません。かくして、行政研修は、教員の自主的・創造的な研修権に対して、条件整備にとどまるほかなく、よしんばそれをこえた、行改研修を実施することが許されるにしても、それは、教員の自主的研修を阻害してはならず、それを補完するにとどまり、かつ強制することができない、という現行法上の命題が導かれるわけです。このようにみてくると、教員に対する行政研修を、通常の行政公務員に対する、研修と同一に解する行政解釈の違法性・不当性は明瞭であろうし、また、教員組合の切りくずしをねらって、発せられる研修命令にいたっては論外というほかないです。以上のように、教員の研修は、自主研修こそが主たるものです。教員は、授業に支障のない限り、本属長の承認を受けて、勤務場所を難れて研修を行うことができるとの規定にいう、承認も、したがって、研修内容に立ち入って判断することはできず、単に授業の時間的支障のないことさえ明らかであれば、ただちに承認すべき確認行為です。研修内容を、専ら教員の自主的判断にゆだねることによって、部分的に生ずるかもしれない、憂慮すべき事態があったとしても、それの除去もまた教員・教員集団の自主的規律にゆだねられるべき性質のものです。教員の研修が教員自身の自由な選択にゆだねられるとすれば、当該教員が教公特法の規定に従うかぎり、何を自主研修に選ぶかは、もはや法的問題ではないが、実務において最も争われる教組教研については一言触れておく必要があります。日教組の教研集会に代表される教組教研は、それが労働組合の活動であるが故に、ことさら教育行政機関の圧追をうけてきたし、この種の集会への参加につぎ、校長の不承認を争ったある裁判でも、判決は組合活動と研修活動とを対立的にとらえている、だが教員組合は、労働組合であると同時に教育団体でもあり、したがって、主として教育内容の向上を集団的に研鑽する教組教研は、教員労働組合活動に特殊に内在する教育団体的側面としてとらえられ、自主研修にふさわしい場として埋解されるべぎです。それ故に、教組教研参加に対する公費旅費支給も、労組法の禁ずる不当労働行為となりません。

教育法の意義/ 教育法の沿革/ 戦後教育改革の成立/ 教育法の展開/ 教育法の体系/ 教育法の法源/ 教育法の解釈/ 教育法の解釈の特殊性/ 教育裁判/ 教育基本権裁判/ 教育法の基本原理/ 教育を受ける権利/ 学習権の意義および主体/ 学習権/ 機会均等の原理と能力主義/ 青年の人権/ 男女共学の理念/ 教員の教育の自由と責務/ 研修権/ 個人的権利から集団的権利へ/ 父母・住民の教育権と責務/ 義務教育と父母の地位/ 父母や住民の教育への要求と権利/ 国民の学習権/ 教育の自主性確保/ 教育の内的事項と外的事項/ 教育内容と指導助言権/ 教育の条件整備/ 公費負担と無償教育/ 教育行政の中立性/ 教育における地方自治/ 教育行政の地方分権/ 教育における住民自治/ 住民自治と学校自治/ 平和と民主主義の教育/ 教育の公共性/ 教育の政治的中立性/ 国民共通の教育/ 学校体系の意義/ 就学前教育/ 義務教育/ 高校教育/ 大学教育/ 私立学校/ 入試制度/ 学校の内部管理の意義/ 教員と職員会議/ 校長、教頭および主任の職務/ 学校の内部管理における児童生徒の地位/ PTA/

       copyrght(c).子育てと育児.all rights reserved

スポンサーリンク