子供の発達条件の理解

科学としての心理学は、子供をあるがままに観察するだけにとどまらず、子供に対して、いろいろの働きかけをし、その働きかけに対する反応を科学的に分析することで、子供を理解するという方法を開拓してきました。いわゆる操作主義です。例えば、座っている子どもの前に、バラバラの積木をおいてみます。それに対して、子供が手を出して高い塔をつくりはじめたならば、その積み方を分析することで、子供の知的能力の一端が理解できることになります。あるいは、積木で塔をつくるときの取り組み方から、子供の作業意欲の性質を理解することもできます。この操作をさらに系統的、組織的に行ってゆくことで、子供の身体的、精神的面の発達がいかなる条件で達成されるかということも、理解できるようになってきます。
実験教育法とよばれる一連の操作は、かかる条件の分析を可能にし、子供の発達の法則を樹立することを可能にしてきたのです。例えば、数観念のまだない幼児にたいし、数唱、計算、集合数、数の保存、数の体系といった教授、学習のプログラムを組んで、きめ細かく教育してゆき、その一つ一つについて、子供の理解の様相を記述します。そうすることで、子供の数観念なり教処理能力なりが、どのような条件のもとで可能になってゆくかという発達と教育指導との関連性を法則化することができるのです。これは数の理解に限ったことではありません。言葉の理解にも社会性の理解にも、さらには子供の性格の理解にも通用してゆきます。
今日の教育心理学が目指しているのは、かかる子供の各能力、各特性の諸条件についての客観的な理解にあるといってもよい。しかし、これらの学問研究はまだ日が浅く、それ以上に子供そのものの理解が困難なために、その成果はまだまだ乏しく、かなりの部分は今後に待たれているというのが、実情です。

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子供理解についての科学的研究が、その緒についたばかりであるということは、裏をかえせば、大人は子供について、まだほとんど何もわかっていないということに通じます。たいへん残念なことですが、それが正しいことを認めなければなりません。このことに対し、一般の人々は児童心理学や発達心理学は今まで何を研究してきたのか、と批評するでしょう。実は、これまでの児童心理学や発達心理学は、子供は何歳何カ月になれば、どんなことができてくるかとか、どんな状態になるかといったことを、細かく記述することには熟心だったのですが、その能力なり特性なりが、どのような条件のもとで、そのように可能になり、そのような状態を呈してきたのか、また、今後、どのような条件づけによって、それがどのように変化し発達してゆくかといったメカニズムの解明については、ほとんど手をつけていなかったのです。大人が子供について、ほとんど何もわかっていないというのは、このあとのことを指しているのです。
ただ、それでは科学が進むまで、大人は子供理解を断念しなければならないのかという疑問も出てきます。そんなことはなく、科学者がやっているのは、子供理解についての一般的な法則を樹立することであって、個々の具体的な○○ちゃんや△△君の理解は、その子供にかかわり合っている親や指導者が努力して得てゆくものである。それはどんな仕方でしょうか。答は徹頭徹尾、子供の側に立つことで可能だということです。この方法はこの子供の発達条件の理解の仕方とは、ある意味では矛盾しています。子供の側に立つということは子供を操作するのとは反対に、子供のものの見方なり考え方なりに即して、かかわり合っている大人がその子供のものの見方なり考え方なりに共感し、可能な限り、同じようなものの見方なり考え方なりをするということだからです。例えば、子供が泣いているときに、「子供というものは、よく泣くものだ」とか、「弱いものいじめに叩かれたから、泣いているのだ」といった理解は科学者のものかも知れませんが、ここでは大人が泣いている子供の気持になって、泣いている子供の心の動きに共感していくことが要求されています。「人の悲しみはわが悲しみ、人の喜びはわが喜び」という文句は、このような相手の側に立った理解の一端をあらわしている。そして、それが可能なのは子供にかかわり合う大人以外にはいません。一語であらわせば、科学的理解は「子供について、理解すること」であるのにたいし、ここでいう共感的理解は「子供とともに、子供を理解すること」であるといえます。
ただ、今日の大人をみると、かれらは子供についての知識や情報は、かなり沢山得ているために、科学者のような目で子供を観察し、子供を評価することには長けていますが、子供とともに子供の身になって、子供の気持や願望や苦悩を理解することにはなれていないのではないかと危惧されることが多い。
親子の断絶とか、子供の疎外という現象は、このような親の子供理解に無関係ではないでしょう。おとなはもっと子供の心のなかにはいって、子供を理解しなければなりません。
さらに一言つけ加えるならば、子供には大人の立場を子供自身が理解するという指導も必要だということです。これまではどちらかというと、「子供を理解する」ことは、すべて子供を中心に、子供の側のみを大人が理解してあげるということに終始していたきらいがあります。しかし、大人には大人の立場があり、それはときには子供の立場を不利にしていることもあるということを、子供に知らせる必要があります。「子供を理解する」ことは子供を甘やかすことではありません。子供も大人とともに社会を構成し、発展させる役割をもっているのであるから、子供も一人の社会人として責任を果たすべきなのです。

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