優秀児

特殊教育は、一定の教材による画一的な教育では一〇〇%成長発達が保障されない子供のために必要なもので、それは子供の発達的諸要求を含め細かく汲んで、一〇〇%満たしていこうとする教育のことであるといわれているのに、日本では、内実は心身障害児のことしか考えられていない、といった批判をきくことが多い。この批判は正鵠をえています。たしかに、日本では特殊教育イコール心身障害児教育と考えられる傾向が強いのですが、このような規定からいえば、特殊才能をもっている子供や、各教科の不振児や、あるいは家庭が崩壊したために適切な家庭教育の場が奪われている子供にも、特殊教育は必要であるし、ここで述べる優秀児や英才児にも特殊教育が必要であることはいうまでもありません。しかし、大抵の場合は、優秀児は知能が優れているから、特別の配慮をしなくとも、大丈夫、なんとかやっていくだろうといった甘い考えが支配的でした。もし、画一的な教育で一〇〇%知的才能の発達が保障されないのに、このような考えのもとで放任されているとしたら、優秀児は忘れられた子ということになります。

スポンサーリンク

優秀児とか秀才とか、あるいは神童といわれる子供には、どのような特性がみられるでしょうか。その第一は知能が同一年齢の子供たちに比べて、際立って優れているということは、指摘するまでもありません。問題なのは、性格とか情緒とか、あるいは態度といわれるものですが、多くの研究報告をまとめてみると、そのほとんどは、優秀児は自主性に富み、情緒も安定し、何ごとに対して積極的に立ちむかってゆくといった態度を示していることをあげています。従来は、優秀児は知能の高いことを自慢し、とかく思い上がった態度をとりやすいとか、性格的には神経質で、変質的な傾向が強く、身体的欠陥も多いなどといわれていたものです。しかし、科学的な研究によって、このような考えは偏見であることがはっきりしてきました。むしろ、最近では優秀児は学校では級友からの信頼があつく、スポーツを好み、きわめて健康であるといったことが指摘されることが多い。
優秀児にも特殊教育が必要なことはすでに述べましたが、その具体的な教育形態ないしは方法としては、特殊学級の編成、累進進級法、教科課程拡充法、および、これらの諸方法の混合方式などが考えられています。しかし、わが国の現行の教育制度からは、いずれも一長一短があって、実現化への進はまだ遠いようです。ただ、心身障害児の教育では特殊支援学級や特別の教育機関を編成したり、設置したりしているのであるから、優秀児の場合も、なんらかの特別の配慮をすべきであるという意見は強い。もっとも、一方では能力による序列化ないしは、能力にもとづく教育の区分は、人間の差別にも通じるし、むしろ優秀児も精神薄弱児も同一環境で互助の関係で、教授、学習するのが望ましいという意見を吐く人もいます。
その是非は簡単にはいえませんが、要は子ども一人一人の創造的個性をどのように大切に育ててゆくかという視点を見失わないことです。
創造的個性とは何かということについては、多くの意見が出されていますが、アメリカの心理学者アン・ロウによれば、「自律的で自尊心がつよい。自我が強く、ものに動じたい。集団の圧力に屈せず、独立独歩の判断をする。知的な活動に対しては、非常に広い興味をもっている。努力をすればできるということには、自分を賭ける」などが、生産的な科学者に共通にみられる個性であるといわれています。
子供一人一人の創造的個性の育成とは、一言でいえば、その子供のもっているもち味を創造活動として一〇〇%発揮させるということです。これは、優秀児だけに当てはまるものではないことはいうまでもありません。

子供の発達条件の理解/ 落ち着きのない子/ いたずらっ子/ 注意したい子供のいたずら/ おとなしい子/ 子供の意地悪/ 引っ込み思案/ 食事の問題/ 睡眠の問題/ 夜尿/ 言葉の遅れ/ 勉強のできない子供/ 勉強の仕方と学業不振/ 勉強嫌いな子供/ 教師や親との関係/ 特定の教科を嫌う子供/ 体育嫌いの子供/ 優秀児/ 先生を嫌う子供/ 読書困難児/ 登校拒否・学校嫌い/ 出生順位と個性/ 母親の就労が子供に与える影響/ 施設保育/ 乱暴する子供/ 反抗的な子供と親との関係/

       copyrght(c).子育てと育児.all rights reserved

スポンサーリンク