思春期の微妙な人間関係

親子の断絶とか、世代の断絶とか、最近断絶という言葉をよく使います。大人が子供や若者のいうことやすることがすぐに理解できないと、断絶だといいますが、大人同士や同世代人は、おたがいに理解しあっているのでしょうか。
親たちは、思春期にはいった子供の気持がわからないという。それでは父親と母親はおたがいの気持を完全にわかりあっているのでしょうか。こと子供に関するかぎり、父親と母親は似かよった考えかたをしているかもしれません。けれども、父親の仕事について、社会の勣きについて、日常生活の中のこまごました母親の不満について、本当に父親と母親は心の底から理解しあっているのでしょうか。
他人の心を理解することは、それほどたやすいことではありません。長年一緒に生活してきた配偶者であっても、心の奥底でなにを考えているのかは、そう簡単にわかるものではありません。自分たちが生み、育ててきた子供であっても、やはり他人です。
児童期までの子供は、比較的親のいうことを聞いてきました。ある程度、親の思うようになってきました。それは、児童期までの子供は自我がまだ十分に発速していなかったからです。子供たちは、親の自我をそのまま自分のなかにとりいれている状態にありました。だから、親は子供を理解できたと思っていたのではないでしょうか。思春期に入ると、子供の自我が急速に完成に近づいてきます。この自我は両親の自我から強い影響を受けながら形成されていくが、親の自我そのものではありません。子供は親と違った人格をもった一個の人間になろうとしています。
子供の心が理解できないからといって、簡単に断絶だといってはなりません。断絶だといってしまえば、子供を理解し、子供とのあいだに新しい人間関係をつくっていく努力を放棄することになります。思春期の子供は、児童期のように親の従属者ではありません。一個の人格をもった他人に成長しています。そういう子供を理解し、児童期までの親子関係と違った人間関係をつくっていかなければなりません。

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子供は親と違う価値観を持っている。だから子供を理解できないといいます。たしかに、長髪だの、奇妙な服装だの、好んでいる音楽などは、親としては理解しがたい。けれども、価値観に関するいくつかの調査の結果は、それほどの相違がないことを示しています。例えば、どんな暮らし方を理想とするかという質問をすると、現代の若ものは「その日その日をのんびりに暮らす」「自分の趣味にあった暮らし方をする」と回答するものが多く、「清く正しく生きる」「社会のためにつくす」と答えるものは少ない。一部の大人たちは嘆かわしい傾向というが、大人たちを対象に同様の質問をすると、まったく同じ傾向の回答がえられます。かわったのは若者の価値観ではありません。日本人全体の価値観がかわってしまったのです。
髪の毛の長さや身につけるものについて大人と若者の意見が異なるのは、価値観の相違というより、もっと表面的な好みや趣味の違いと理解すべきです。いつの世にも、若者文化というものがあります。若者は大人たちの趣味や好みに反発し、大人から見ると奇妙な服装をしたり新奇な言葉を使ったりします。親たちも、かつては若ものであった。そして、その当時の若者文化を身につけていたに違いありません。親たちの親は、最近の若ものはと嘆いていたことでしょう。若かりし親たちは、やがて若者文化を卒業し、大人としての好みや趣味を身につけていった。現在、親たちの手をやかせている子供も、いずれは若者文化を卒業し大人になっていきます。
子供の好みや趣味の特異性や親のそれとのくい違いを、あまり大げさに考えないほうがよい。いつの世にもあったことだし、子供が成長していく過程のひとつの段階の特徴でもあります。
思春期にはいると、子供にとっての家庭や家族や親の意味が大きくかわります。この変化は、発達してきた自我が完成する過程、親や家族に依存して生活してきたものが独立した人格を持ったひとりの人間として生活しようとする努力と対応しています。児童期までの家庭は子供にとって安全な城でした。家庭の中に逃げこめば、家庭外の危険から守ってくれました。親は子供を安全に保護してくれる強力な存在でした。思春期になると、安全を守ってくれた家庭は自分の自由を束縛する檻にかわります。強力な保護者であった親は、自由を奪いすべてに干渉する独裁者のような存在にかわります。そこで、子供は自由と独立を求めて様々な形の反抗を開始します。児童期までの安定した親子関係は、大きく揺れ動きます。
親子関係が不安定になるのは、子供が発達していくためにどうしても通らなければならないひとつの段階です。一般的にいって、中学二年生から高校一年生までの三年問がもっとも不安定になります。この時期には、いわゆる親子げんかがたえないし、子供はいらだちを弟妹たちにぶつけたりするので、家庭の雰囲気はどうしても暗くなります。
親としては、安定した児童期までの親子関係を復活させようとしてはいけません。児童期までの親子関係と青年期以後の親子関係は、けっして同じものではありません。児童期までは、親は子供をしつけ、教育する立場にいた。はっきりした上下関係でした。青年期を過ぎると、親のしつけや教育は一応終わります。子供も、一人前の社会人に成長しています。青年期以後の親子関係は、上下関係というより、ふたりの大人同士の関係です。
思春期の親子関係は、このふたつの異なった様相を持つ親子関係をつなぐ過渡期です。思春期といえども、親はまだ子供をしつけ、教育しなければならない。けれども、その方法は、児童期までのそれと同じであったら、いたずらに子供の反抗をはげしくさせるだけです。だんだんと子供扱いをやめて、親と同格の大人として扱う部分をふやしていく必要があります。いつまでも子供扱いにしていれば、子供の自我の完成もそれだけおくれることになります。
思春期の子供は、精神的に家族からはなれようとします。家族からはなれるかわりに、友だちに接近していきます。児童期までの友だちは、席が隣りとか家が近いとかいう物理的な要因で選ばれることが多い。思春期になると、自分にはない優れた能力をもっているとか、自分と考えかたや感じかたが似ているなどという精神的な要因で友だちが選ばれます。この時期にできた親友との関係を、刎頚の交わりといったりします。いっしょに首をはねられても悔いはないという意味です。精神的に強く結びついた友だち関係になります。
したがって、この時期には友だちから大きな影響を受けます。よい友だちを持ったものは幸福であるし、よい友だちに恵まれなかったものは不幸です。親としてはよい友だちを得られるように、子供の生活に注意をはらってほしいものです。

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