創造過程の段階

様々な天才たちの創造過程には不思議な共通性があることに気づきます。ワラスという学者は、これらを要約して、創造過程は四つの段階を踏んで行なわれると説きました。これを、よく四段階説と呼んでいます。
第一の段階は、準備期です。創造者は、自分の問題についてできるかぎりの材料を集め、必死に解決を探し求めて努力するのですが、容易に成功はしません。何ヵ月も何年もの無効な努力が積み重ねられます。そのあげく、すべての方向は解決の見込みがないものとみえ、努力は放棄されます。
次にやってくる緊張の弛緩の時期を、孵化期と呼びます。この時期には、外からみたところでは、なんの活動も行なわれません。例えば、ドーデーは、日常生活で心に止まった事柄を細大もらさずノートしておく習慣をもっていたので有名ですが、この材料集めは、どの場面に使おうといった目的意識なしに、まったく自然に行なわれます。しかし、材料が荷積されているからといって、すぐに創作活動が行なわれるわけではありません。むしろ、倦怠期のように、どうしても仕事のでぎない無為の期間が何年も言つくのでした。ポアソカレも、発見の前に気晴らしの旅行に出かけています。ところで、この怠惰な期間を馬鹿にしてはいけません。このあいだに、創造者自信も気づかないまま、何か重大な過程が進行するらしいからです。そのあげくのはてに、急に光明が訪れます。

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第三の段階は、したがって、よくインスピレーションとか啓示とか呼ばれています。解決は、一挙に、しかも完全な確信を伴って現われます。それは、創造者すらも、自分自身のものではない何か不思議な力が答を与えてくれたように感じられるのだそうです。
最後が、検証の段階です。インスピレーションの段階では、いま書いたように、答はAだからBだという論証の形ではやってきません。答だけが見つかるのです。ですから、当然、何故そういう答になるかを証明しなければならないわけです。しかし、これは、もう出口や方向かわかっているために、既得の知識や定理から出発して、解決への論理的な道筋をつけるだけです。したがって、証明はきわめて容易に行なわれます。
以上は、数学における発明、発見の過程を主にしたものですが、しかし、ドーデーの例をわざわざ引いておいたように、創作の場合にも似た過程は認められるようです。例えば、ドーデーでは、哀れみの感情をひき起こすような感動的な事件にぶつかったときに、一挙にインスピレーションが訪れ、彼は倦怠期を脱して今度は狂気のように創作活動に没頭します。もはや、何ものも彼の筆をひきとめる力はありません。インキがなくなると鉛筆で、鉛筆が折れれば何かほかのもので、彼は書きつづけます。日が落ちてランプがくるのを待ちぎれずに、目をしばたたかせながら仕事をするのです。やむを得ぬ旅行ででかけるときは、鞄の中に原稿用紙を入れ、出発までのわずかな時間を惜しんで鞄の上ででも書きつづけようとします。
ドアーの創作過程も、ですから、無目的な準備期、怠惰な孵化期、インスピレーション、アイディアの肉づけと定着を行なう検証期、といった段階を辿るようにみえます。
このなかに、ふつう私たちが知的とは考えていないような独特な要半がいろいろと認められるからなのです。創造性を、単に高い知能指数と同一視してはならないことは、すでにくり返し述べてきました。自閉症児の知能についての考察は、人格的要素を欠いた純粋知性の無意味さを具体的に示しています。

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