情操教育論の背景

第一に、幼児にあっては、初歩的な芸術、文学教育などが唯一の適切なものであり、知的教育は不向きだと主張されています。情操教育とは、反主知主義教育の別名にほかなりません。
第二に、以上から、当然、学齢以前には教育の可能性はほとんどないという主張が暗黙のうちに含まれていることが知られます。いいかえるなら、教育を受けいれる準備状態は年齢が高まるのに比例して整ってくるという成熟優位の発達観と待ち主義の教育観とが強調されているわけです。
第三に、情操と知育とは別ものという主張も含まれています。これは、知、情、意の各能力を切り離すという考え方からでてきています。
幼稚園教育の主流派には、この他に、社会性の教育を主張する人や道徳教育を唱える人もあります。これらは、細部においては多少の異なる主張をもっていますが、大筋では、以上の路線と一致するものでしょう。
こうみてくると、情操教育論の基本仮定は、伝統的発達観にきわめて忠実に従うものであることがわかります。この教義にほとんど賛成できません。そこで、情操教育論に対しても、無益のみならず幼児教育のみかたを誤るものではないかという危惧を禁じえないのです。パインズによると、アメリカの幼稚園教育界でも、伝統的な社会性の教育を主張する人びとと、新しい発達観に立つ新教育理論家とのあいだに、激しい論争がくりひろげられているようです。おそらく、この論争は、どの諸国にも相次いで起こってくると予想されます。

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もっとも、幼児教育界の指導者が情操教育論に走りたがる背景も理解できないことはありません。各種の入学試験には、知能テストまがいのものが流行しています。そこで、教育ママだらけ、かりに不本意ではあっても、知能テストの練習や学校教育の先回りに熱中せざるをえないわけです。こうして、都会の中産階級の家庭教育は、誤った知育偏重に傾きがちです。情操教育論は、このような家庭教育の歪みに対する批判者として現われてきました。もう一つ、幼児教育の小学校教育とは異なる独自性を強調したいという気持も強いのでしょう。
前者には、同情の余地はあります、が、後者についてははたしてどうでしょうか。いたずらに独自性のみを主張して、求めて殼に閉じこもり、日本の教育の全体としての体系を考えに入れないのは、あまりにも狭すぎるように思われます。
これに対して、最近、文部省は、先導的試行としての幼児学校という構想をうちだし、幼稚園教育界に冷水を浴びせました。この頭越しの押しつけには、強い感情的反発がいっせいにまき起こりました。たしかに、いままでの文部省の行き方からみて一八〇度の転回ぶりは、局外者の目からみても、少々無責任なように思われます。もし、それが、アメリカでもそうだからといった相変わらすの他律的な根拠によるものならば、いっそう感心できません。
しかし、幼児学校に対する異議のなかに、新たな差別教育を促進するものだから反対といった意見があるのは、どういうものでしょうか。悪平等でも何でも平等がよいといったセンチメンタリズムだけでは、問題は片づぎません。それなら、何もしないのがいちばんになってしまいます。
のみならず、待ち主義をとる情操教育論とは、いったい誰のためのものでしょうか。その背景にみたように、これは、もっぱら家庭教育のいきとどいた中産階級の子供を対象とした考え方なのです。
のびのび自由にといった教育理念も、同じです。家庭での注意や圧力の高すぎる子供たちに対して、せめて解放の場を与えようというのは、もっともです。しかし、反対に、そのような背景を欠いた子供に対しても、同じことがいえるでしょうか。
アメリカでの報告に、伝統的なのびのび主義の幼稚園に下回階級の子供を通わせたところ、さっぱり実効がなかったというのがあります。家庭でも放任、幼稚園でも同じでは、格別通園する意味がなかったのも道理です。恵まれない子供に対しては、もう少し別種の教育観が必要なのです。
下層階級の子供のIQが劣るのは、一つには、彼らが集中力を欠き、仲間の叫び声や物音にひきつけられてすぐにテスト者の教示を忘れてしまうためだといわれます。これもアメリカのある実験では、子供の集中力の程度とIQの伸び率とのあいだには〇・六程度の高い相関が認められました。そうであるなら、恵まれない子供ほど、先生や指導者の指示に注目し、それに従う教育が、かえって必要とされるのです。そのためには、厳密なルールの理解を要する知的教科の教育こそ絶好のものです。決して、情操教育ではありません。
差別教育の本拠ははたしてどちらにあるのか、反対者にはもう一度考えていただきたいと思います。幼児学校がエリート教育に傾きはしないかという懸念も、理解できないではありませんが、それだけでは、あまりにも無気力な悲観論に終わってしまいます。知的教育の積極的な意義を正しく活用できる方途を求めることが、何よりも必要なように思われるのです。

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