ホスピタリズム

ホスピタリズム(施設病)とは、乳児院に収容された子供の死亡率が高く、心身ともに発達の遅れが目立ち、また、後々まで性格的歪みという特有の後遺症を残す現象を指しています。ホスピタリズムは、二〇世紀の初頭頃から注目をひいていたのですが、その原因は容易につかめませんでした。施設児は、風邪から気管支炎をおこし、肺炎になって死亡する例が多かったので、風邪を予防する厳重な処置がとられましたが、一向に状況は改善されませんでした。真の原因は、意想外なところにあったのです。これを決定的につきとめたのは、スピッツの研究でした。
彼は、ふつうの家庭児三四人と、二ヵ所の施設に収容されている乳児各一〇〇人程度を、生後四ヵ月くらいからずっと継続観察しました。この二ヵ所の施設は、ちようど対照的な性格をもっています。一つは、医学的その他の設備はよく整っていますが、ただ、子供を世話する看護婦さんは、一〇人に一人の割合でした。もう一つは、物質的にも文化的にも環境条件はきわめて貧弱ですが、ただ、母親代りの人一人について子供は二人の割合でした。

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この二つの施設児のその後の発達を検討してみますと、そこにはっきりした追加あらわれました。後のほう、つまり、設備は貧しくとも人手のあるほうは、ふつうの家庭児とまったく同様に健全に成長し、病気に対する抵抗力も強く、死亡率は一般乳児と同様な低い数値しか示しませんでした。
一方、医学的には完備しているけれども人手の少ない施設では、劇的な変化がみられました。まず、良好な医学的保護にもかかわらず死亡率が高く、九一人中三四人は生きのびることができませんでした。また、最初期から自閉的な特徴が現われ、周囲の事物に極度に無関心であり、死んだようにおし黙っている傾向が強いのです。これは、後には極端な無表情、対人的無関心という形をとります。発達の程度も遅れがひどく、発達指数で示すと、平均は四五となり、重症の白痴と同程度にすぎません。二歳から四歳半まで施設に残った子供では、歩けるのはわずか二四%で、四〇%は立つこともできません。五〇%がやっと二語だけしゃべり、三〇%はまったく話すこともできませんでした。その他、排泄のしつけもほとんどできていないし、スプーンを使ってひとりで食事のできる子は半数に足りません。ひとりで服をきることは、ほとんどがまったく不可能でした。
この結果は、きわめて明瞭に、母親あるいは母親代りの人の存在が、乳幼児の心身の発達にとって必須の要素であることを示しています。そういう要素が欠けると、歩行や言語のようにきわめて生得的とみえる行動すら育たなくなるのです。
すると、ホスピタリズムは、必ずしも施設独特の現象とはいえなくなります。生みの母親はちゃんと存在しても、もし、母と子のあいだの緊密な情緒的接触が断ち切られるなら、心理的な意味での母親は、やはり不在ということになるでしょう。ふつうの家庭でも、ホスピタリズムを薄めたような症状は起こりうるのです。反対に、少数の子供たちを引きとり、親身に世話をするといった施設では、必ずしもホスピタリズムはみられません。
そこで、現在では、施設病という紛らわしい名称は止めて、このような現象を、真ターナル・デプリヴェーションとか情緒的疎隔などと呼んでいます。ある人は、また、心理的な接触の欠損と名づけています。いずれも、ホスピタリズムが、物質的な環境条件ではなく、心理的条件に根ざすことを、よく表わしているでしょう。

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