意図しない教育

ホスピタリズムや家庭教育などの資料から、私たちは様々な教訓を学ぶことができます。
第一に、従来の発達心理学で強く信じられていた考え方、つまり、発達とはもっぱら内的成熟によるのであり、環境条件の影響を受けないという成熟優位説は、正しくないことがわかります。しかも環境は、単なる阻害効果だけではなく、成長を促す方向にも作用します。
第二に、発建最初期の乳児も、従来信じられていたよりはけるかに早くから、各種の感受能力を持ち、特に、視覚、聴覚などの遠受容器を用いて、外界との接触を行ないます。おそらくこのことが、設初期の環境条件もまた発達に大きな影響を与えるということの理由の一つとなっているのでしょう。
第三に、これまた従来の信念とは反対に、歳をとればとるほど各種の能力は高まり、学習の可能性は増していくとはいえないこともわかります。例えば、言語のような機能の発達は、ほぼ二〜三歳までのホスピタリズムによって大きく阻害されますし、以後、この遅れをとりもどすのは容易ではありません。カナダの大脳生理学者ペンフィールドは、言語の習得能力は、歳をとればとるほど退化し、一〇歳以後はほとんど第二言語への習熟は不可能になるといいます。この説はやや誇張されているとは思いますが、しかし、言語能力などについてみれば、歳をとればとるほど習得可能性が高まるといえないことだけは確かです。
第四に、したがって、発達初期の経験効果はきわめて重荷な独特の意味をもつことがわかります。その影響は、後になってからとり返すことはむずかしいのです。フロイトは、すでに早く、五〜六歳までの経験や環境効果によって性格の基礎構造は確立され、後になってから訂正することは不可能であると主張しました。この説は、よく宿命論(ペシミズム)だといって非難されています。しかし、ゴールドファーブの研究は、フロイトの考え方に正しい一面のあることを示しています。生後三年間の施設環境は、すべての子供に回復しがたい学業不振をもたらしたのでした。いたずらに悲観論という批判を浴びせるまえに、このような事実の妥当性、一般性などについてよくよく慎重に考慮してみるべきでしょう。

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第五に、初期経験の効果は、必ずしもすぐ表われるとは限らず、かなり時を隔ててからはっきりしてくることがあるのに注意しなければなりません。また、小さいとき親にかわいがられたかどうかは、結婚生活への幸福さと深い関係をもつといわれています。初期経験は、独自な意味をもつだけではなく、持続的な基本的特性をも形づくるのです。
第六に、このような効果は、通常ほとんど意識せず、また格別こうしようという意図をもかないままに作られていきます。乳児の人の顔への注目の完遂などは、その良い例となるでしょう。つまり、影響を与えようとも教育しようとも思わずに、ただかわいいからという本能的な愛情だけで行なっている事柄が、実に実に大切なのです。しつけとは、ただ子供を枠にはめる働きではありません。それは、子供の成長にとって、ちょうど光や水のような心身ともに欠くべからざる栄養をいつのまにか与えているのです。
しかし、誰しも、このような意図しない影響を教育と呼ぶ人はいないでしょう。日本語では、一定の目標と方法をもった意図的な集団授業の形態だけが教育と呼ばれているからです。この非意図的な影響過程を教化と呼んでおくことにしましょう。
教化の及ぶ範囲は、ふつうに想像されるよりは、はるかに広いのです。たとえば、アフェクションレス・キャラクターの知見は、人格の基礎構造(個性、道徳観、社会的価値への関心、情操の働きなど)が教化によっていつしか形成されることを教えます。また、学業成績への家庭環境の影響、ピグマリオン効果などについての諸研究は、知的能力の発達にとっても教化が基本的役割を果たすことを示すでしょう。言語機能や対人的関心(社会性の基礎)の発達にも、それは大きな支えとなっています。
こうして数えあげていくと、教育は、むしろ教化という土台の上に立って、それに形を与えたり進めたりするものだと思われてくるほどです。学校教育の力は、常識で予想するよりはもっと小さいのかもしれません。少なくとも、それが万能でないことは明らかです。

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