幼児の数教育

数は物の個数や量を表わすのに用いられる言葉です。したがって、数の教育は言語教育の一環として行なわれるべきものです。
言葉の教育でもっとも大切なのは、外面的な音声や文字を覚えることではなくて、言葉の意味を正確に把握できるようにすることです。これは数についても同様で、いち・に・さん、とか、ひゃく、とか いえても、それが指す意味が分かっていなければ無意味です。すなわち、数教育は、正確な意味内容をもった数概念か形成し、それを適切に使えるようにすることが目 的です。
数の概念は、幼児が習得する概念の中では、一段と抽象の程度が高く、より厳密な体系をなしている点に特徴があります。
日常の具体的な事物は、色、形などいろいろの知覚的性質をもっています。そこで、それらの概念に入る物の共通の性質は、外見からも比較的容易に見わけられます。一方、数を決定するのは、こうした外見的性質ではありません。りんご五個と人五人とは、見かけはまったく違うが、数としては同じ五です。どんな物でも、その種類、形、色、大きさ、配列などに関係なく、その個数だけが問題なのです。この数という性質は、それだけを純粋に取り出して示すことはできません。これが五ですよと見せようとしても、出して見せられるのは、常に何か具体物の五個です。そして、具体的事物では、数よりも他の見かけの性質がずっと子供の注意をひきやすいのです。すなわち、数を理解するというのは、事物を取り扱うときに、ほかのいろいろの性質か一応無視して、数の面だけを抽象して扱えるようになることです。
このような数を成立させる基本操作は一対一対応であるといわれます。二つの集合があって、その両方から一個ずつ取り出して一対一で対応させていくとすると、ぴったり対応すれば、二つの集合は同数であり、過不足があれば多い少ないがあるとわかります。
また、数は、一つ一つばらばらに存在するものではなく、相互に密接に関連した体系をなしています。ある数はそれだけであるのではなく、他の数と厳密に論理的な関係で決定されています。そこで、数を理解するためには、一つ一つの数をばらばらに学習するのではなく、数の相互関係を把握し、全体としての数の体系の成立ちを理解することが必要なのです。このために、数の習得は、論理的思考の能力と密接に関係しています。
以上のような数の性質からして、幼児には数の習得はなかなかにむずかしいことなのです。
現在私たちがもっている数概念の体系は、歴史的に長い年代をかけて作り上げられ洗練されてきたものです。そうした数は、文化の一部として、幼児に与えられ習得されます。日常生活の中で幼児がいつのまにか数を身につけていくように見えますが、それは、何もない所でひとりでに数が発生するのではありません。幼児のまわりの文化的環境が教の習得を促しているのです。中でも、親やその他によって教えられることがもっとも強力な要因です。とにかく、数はどこかでなんらかの仕方で教えられ習得されなくてはできるようにならないのですから、数教育の必要性はいうまでもないことです。

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幼児の数の能力は何歳ではどの程度かを示した調査結果がしばしば見られます。しかし、前述のことからわかるように、ある年齢になると自然発生的に数の能力が出てくるわけではありませんから、その教育的環境によって、たいへん違ってきます。したがって、調査結果が正確であったとしても、それは、現在のふつうの文化的、教育的環境におかれた幼児がどの程度に数を習得していくかということを示すに過ぎません。もし不適切な教育環境におかれれば、当然その程度に達しないことになるでしょう。また遂に、よりよい教育環境、よりすぐれた教育方法が与えられれば、現在常識的に考えられている程度をはるかにこえた進歩を示す可能性もあります。すなわち、子供の現状の調査結果は、決して、放っておいてもその程度になるということを示すものでもなければ、この程度教えるのが適当だという規準を示すものでもありません。また、これ以上教えることができないとか教えてはならないと いう限度を示すものでもないのです。
こうした環境差と同時に、幼児それぞれが環境から学びとる能力の個人差もあります。そこで、数能力の発達は子供によってたいへんに個人差があります。
前述のように教概念は難しいので、幼児ははじめから大人と同じような教概念をもつわけではありません。子供は、数概念に含まれるいくつかの重要な性質を一つ一つ把握していき、それに応じて数の能力も高まっていきます。そして結局一般に大人のような教概念を持つようになるのですが、その途中の段階では、いろいろおとなの教とは異なる様相を示します。
幼児は、二次ごろから、ひとつ、ふたつ、などがわかるようになります。これは直観的に識別される数で、それ以上は、たくさんです。直観的な数もみっつ、よっつと増しますが、この仕方で扱えるのは、たかだか五個くらいまでで、それ以上は数えるという方法が必要になります。
一方、たいていこの頃に、数系列を唱えること(数唱)が教えられます。はじめは、ちようど呪文かなんかのように、ただ数詞を順に唱えるだけで、数としての意味をほとんどもたないことが多いのです。
こうして覚えた数系列を当てはめて物を数えること(計数)も、はじめはなかなかうまくいかず、物と数詞の対応ができないことがよくあります。しかし、次には、計数によって一群の物の数を知ることも次第にできるようになります。
こうして集合数がわかるようになっても、それを必要な場面で正しく使えるとは限りません。例えば、二群の物の多少を比較するような場合、幼児はしばしば見かけの多い少ないで判断してしまいます。正しく数えた上でさえ見かけの判断を優先させることがあるほどです。これは、数が、大きさや長さ、広さなどと十分区別されていないことを示しています。
また、幼児は、同じ数の集合が、並べ方などの見かけの状態を変えるだけで増減するように感じます。しかし、やがて、こうした見かけの状態が変化しても、物が加えられたり取り去られなければ数は変わらないという、数の保存がわかるようになります。
さらに、加減や乗除の演算もできるようになってきます。
数は教えられなければ習得されません。では、数を習得することは必要でしょうか。現代の文明社会での生活に数の能力が必要不可欠だということに異論はないでしょう。確かに、現在では、幼児たちさえ、日常の生活の中で数に接する機会が多くなっています。しかし、それだけなら、なにも幼児期から数を教えなくてもよいということもいえるでしょう。ですが、数は、幼児が習得することの中でも、特に抽象的で論理的、体系的な概念です。幼児は、数を習得することを通じて、事物に対する一つの新しい見方、鉄密に論理的な取扱い方のモデルを身につけることになります。これは、幼児の知的発達にとって重要な影響をもつと考えられます。では、いつから数を教えたらよいでしょうか。教えることが必要でかつ可能であるならば、何も待つことはないわけで、なるべく早く始めるべきです。ただし、その教え方は、その幼児が習得できる仕方でなければ効果がありません。幼児の数教育は、決して小学校の算数を早くから始めることではありません。幼児には幼児に合っ た方法を工夫することが必要です。

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