才能教育と創造性

才能は生れつきのものではなくて、育てられるものである。才能教育の根本的な考えはこの思想にもとづいています。すなわち、才能が育てられるためにはいろいろの条件が必要であり、そこで才能教育は環境説にもとづくということができます。
人間の赤ちゃんの脳は、生まれたときはまったく白紙のごとく無垢です。いわば工場から生産されたばかりのコンピュータにたとえてよいでしょう。そして生まれた瞬間から、大脳の皮質にある一四〇億の細飽が外部からの刺激を受けることにより樹枝状の突起を出し、そのからまり合いが始まります。すなわちプログラミングが開始されるのです。大脳の細胞は分裂して増殖しないので、勉強したりしても教は増加しません。また脳の目方も頭のよしあしには関係があません。
以上でわかるように生まれたときの条件は、人間の赤ちゃんである限り、すべて同一ラインでスタートすることになります。もちろん才能教育は先天的の要素あるいは素質を全面的に否定するものではありませんが、その後の環境の影響に比べますとまことに微々たるものであるといえましょう。
この事実は、幼児が言葉を覚える過程をみても、かなりはっきりとわかります。子供は、その国籍、人種を問わず、三歳になると母国語を理解します。聞くことも話すこともかなり自由に表現できる能力を身につけます。ひるがえって、おとなになってから外国語を習得するとき、いかにそれを完全にマスターすることが難しいかは、ひとしく私たちの知るところです。

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鈴木欽一氏は、あまりにもあたりまえのこととして受け取られていたこの事実に着眼し、たまたま氏がヴァイオリンの先生であったので、予供たちが母国語を覚えるのと同じ方法で、ヴァイオリンを教えてみました。その成果は、予想よりはるかにすばらしいものでした。そして二〇年近くの実績をもとに、昭和三九年、アメリカのフィデルフィアにおいて開催された世界音楽教育者会議に招待を受け、一〇人の子供たちの演奏とその指導方法の講演をしました。その反響はすばらしく、日本に生まれたこの教育法は鈴木メソッドとして、ほとんど全米の音楽家に知られるに至りました。昭和四五年には初めてヨーロッパヘ紹介し、各地に大きな影響を与えました。
昭和四二半七月、全米の七〇人近い音楽の専門家が、この教育法を研究すべく来日し、各他の一才能教育の教室を視察した後、松本の夏季学校に参加して、つぶさに教育の実態を認識しました。そして最後の討論会で、多くの方々から次めような質問が出ました。
「二週間にわたって日本各地の教室をみせていただき、また夏季学校では、違った地区の子供が多数参加して、立派に能力が育った実験をみせていただぎました。しかし一つ疑問があります。それは、どの子供も同じ教科書で、同一の曲、同じ方法で幼いときから教えられると、子供の独自性か失われるのではないか、ということです。また、創造性の点については今はどのように考えておられるか聞かせていただたいと存じます。」まことにもっともな質問で、私たちは次のように答えました。「教育の基本は、似た面が多く、ことに初歩の場合は確立した基礎の上に築かれる必要があります。例えばビルの建築をするときでも、基礎は同一であります。もちろんこの場合、ビルの大きさにより基礎の設計は違うわけですが、地震、風雨に耐えるためにはいずれにしても基礎は堅固に作られる必要があります。もちろんビルと人間とてはおのずから相違がありますが、私たちは、どの幼児の中にも非常に大きな可能性があることを信じており、将来この子供がどのような発展をするとしても、それに耐える基礎を作っておく必要を感じております。ことに音楽は一定のルールの上に構成されています。このルールを無視しては音楽教育は成立しません。子供たちは鈴木氏の考えに基づき、同じ教科書、同じ奏法を教えられますが、彼ら一人一人の環境はそれぞれ違います。したがってこの基礎の上に建てられる建物は、それぞれの個性、創造性によって違ったものが出来てまいります。今、上級生二〇人の演奏を聴いていただけばわかりますが、曲目は同じであっても、表現、技術等に差異がみられます。また、そういう個性が出ることによって個々の独自性が開花してゆきます。たとえていいますならば、日本のどの子も日本語を自由に表現します。言葉は日本語という画一的な基礎が作られます。しかし、同じ言葉をしゃべるからといって、個性がないとか創造性に欠けるとはいえません。才能教育の方もこれと同一であります。また指導の根本的な理念も、この母国語の教育法に基づいて教育されています。芸術を媒体としているだけに余計に、独自のものあるいは豊かな創造性を涵養すべきであると考え、またそのように子供たちの指導に当たっております。」
才能教育が、ヴァイオリンという特殊な楽器によって子供の能力を開発することにも、鈴木氏がヴァイオリンの先生であったという偶然性のほかに、次のような意義があります。ヴァイオリンは、左手の指で拍板を正確に押えることにより正しい音程が作られます。またこれによって、音程を聞きわける耳の訓練ができてきます。また、右手で弓を、あたかも剣のごとく切れ味のある行動で弾くことにより、美しい音が出てきます。また、一番初めの曲から現在ひいている曲まですべて暗譜しなければなりません。これで記憶力の訓練ができます。また演奏は心をこめて弾かないと、ただ譜のままを弾く技術のみになってしまうので、子供たちは、常に優れた芸術家の演奏を聴くことにより、心をこめて弾くよう指導されます。そして全身は、曲が終わるまで一〇分、二〇分、あるいは一時間でも二時間でも、立ったままの姿勢で弾きますので、集中力ができてきます。
以上のような基本的な能力が育つと、これは、将来どのような職業あるいは方向へ進んでも自己を育てる必要な要素となります。両手を上手に使いわける能力、記憶力、聴力、集中力、そして心をこめることのできる感覚は、人間にとってすべての基礎となる能力です。
才能教育は音楽家を作るための教育ではありません。もちろん、大勢の中で、専門のコースヘ進む者が出てくることは差支えありませんが、基本的な考えは、ヴァイオリンの技術、音楽を通じて人間性の土台を作ることに重点を置いています。しっかりした土台の上にこそ、初めて、すばらしい能力の開発が期待されます。そして、すぐれた創造性とヴィジョンが湧いてくるのです。
私たちは、すべての幼児はダイヤモンドであり、磨けば光ることを確信しています。生れつきこれは瓦、これはダイヤと客観的なレッテルを貼ることは、教育の本質にもおとることです。もちろん、ダイヤ自身にぎずがあったり、また磨いてえた光沢に差違があっても、それはそれとして仕方のないことです。
基本的に人間である、そしてその中に可能性がある、創造性がある、私たちはこう信じて、才能教育の運動を推進しているのです。

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