遊びと知能の発達

ルソーはその名著エミールのなかで、子供を不幸にする一番確実な方法はなにか。それは、いつでも何でも手に入れられるようにしてやることだと述べ、出来合いのものをすぐ子供に与えることを或めています。また、スペインの哲学者オルテガは、人の最大の生きがいとは創造の喜びを体得することであると述べ、つくり出す喜びこそ人間の最大の生きる喜びに通じていることを示唆しています。
ルソーとオルテガの名言をつき合わせてみますと、すぐ手にはいる出来合いの物だけを与えられている子供は、生きる喜びを奪い取られたもっとも不幸な子供だということになります。
ところで、作り出すという過程を分析してみますと、そこには必ず空想力や想像力や、アイディアとよばれる創造性に不可欠な要囚と、それと協働する技能と、さらに緊張、興奮という情動との複合がみられます。そしてそのような復合された活動が発展していくのは、理屈とか人からの教示や命令よりはむしろ、自由で奔放な遊びを通してであることが多いようです。逆にいえば、創造性や技能は、幼少時から自分で考え自分でつくるという体験が蓄積されて次第に身についていくものであり、そのような体験とは、子供にとっては思う存分遊ぶことそのものであるといったらよいでしょう。遊びとは、ホイジンガーが指摘するとおり、それ自体のうちに目的を持ち、緊張と喜びの感情を伴う、自発的な活動であるからです。

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子供は、例えばよく砂場でトンネルをつくって遊んでいます。砂山をつくって横穴をほるという活動は、幼児にとっては、とりたてて難しい課題ではありませんが、ほったトンネルが途中でくずれた場合、子供の緊張は高まり、子供の頭のなかには奔放な想像力やアイディアが続々と生み出されていくことになります。どうしたら、崩れないトンネルがつくれるかという思案。その思案から、土を固めればよいという思考が発展し、雨が降ったあとの土は固いという記憶を想起し、土を固めるには水を含ませればよいことを思いつきます。さらに、水を手に入れるには、水道の蛇口が遠いところにあるため、すぐにはできないことに気がつきます。それならば、どうしたらよいか、という思案から、手ですくったらよいことに思いつきます。さらに、手ですくうよりは、バケツのほうが、一度に多量の水を運ぶことができるという思考が発展し、しかし、家にとりにいくのは面倒だから、何か代用品を探そうというアイディアが出てきます。近くに捨てられている竹の棒に注目し、竹の棒は筒になっているという記憶を想起します。そして、それを水道の蛇口のところに渡して、樋のように使えないだろうかという仮説を立てます。やがて、それを実行に移し、砂場に水を流し、トンネルをつくり出すことに成功するという一連の活動(遊び)を通して、子供は創造の喜びを体得し、かつ、将来直面するであろう数々の困難な問題事態に適応していく思考力を確実に身につけていくのです。
昔から、熱中する子供は伸びる子だ、とよくいわれていました。人から命令され、こずきまわされ、そそのかされて、いやいややっている場合は、子供の思考は停滞していますが、子供が自分から熱中して取り組んで行く場合は、子どもの思考は躍動し、発展しつづけていきます。機械いじり、小鳥の飼育、花の栽培、めだかとり、せみとり、コマまわし、凧あげ、ままごと遊び、木端の舟づくり、折り紙、泥んこ遊びなどに熱中することは、幼児期では、かけがえのない価値ある体験なのです。もっとはっきりいうならば、幼児にとっては遊びは生活であり、遊びを禁じられた生活を強いられるならば、その子供は、もっとも不幸な子供になるのみか、人間として育っていくことさえ難しくなる、といってもよいのです。
型にはまった固定的なやり方々、教えられて順につめ込んだ知識をそのままあてはめるだけでは、うまく解決し適応していくことができないような事態を、よく問題事態とか課題状況とよぶことがあります。そのような問題事態に直面したときに、その問題事態の構造を理解し、解決の手がかりを発見し、それに応じて行動する、という過程をふんで適応していくことになります。問題事態の関係をうまくつかめなかったり、あるいは、解決のための手がかりがえられない場合は、試行錯誤に陥ることにな ります。また、たとえ解決のための仮説を立てたとしても、それが通用しない場合は、その古い仮説を放棄して速やかに新しい仮説を立てなおす必要があるのに、古い仮説に固執していたのでは、やはり問題事態に適応していくことができません。
知能とは、物事や事柄の本質を見抜く働きというのが、もともとの意味ですが、このような問題事態の性質や関係構造をすばやく見抜くこと、その問題事態に適応するための手がかりをすばやく掴むこと、もし仮説が通用しない場合は遠やかに正しい仮説へ移行すること、などがみな知能とよばれる働きに関係していることになります。
幼児期の知能の特徴は、問題事態の性質や構造および解決の手がかりの 発見が直観的になされるというところにあります。スイスの心理学者ピアジエは、子供の知能の発達には具体的な直観的知能の獲得から抽象的な概念的操作へ発展していく過程がみられることを見出しましたが、幼児の場合、概念的思考へ推移していく前のその基礎となる直観的思考を十分に育てておくことがもっとも大切で、その基礎をおろそかにして、いきなり抽象的思考の教育をはじめても意味かおりません。意味がないばかりか、記号のもっている意味やその象徴性の意味が失われてしまい、子供は文字や数を具体的な事物や事象とのつながりをもたないものとして受けとめ、生活のうえで発生する問題事態でそれらの知識をいかしていくことができなくなります。ある心理学者は、生活の発展の過程において身につけていく知識こそが大切なのに、個々の知識をつめ込んでいこうとするのは、頭のなかに屑をつめ込むことと同じだと、その弊害を訴えているほどです。

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