教材と教具

教育目標に即して設定されたある教育内容を学習させるときに用いる材料が教材であり、物質的補助用具が教具です。例えば、自然の諸法則を認識させるという教育目標のもとで、理科において溶解の概念や原理という教育内容を学習させるとき、食塩水や石けん水などが教材として用いられる。そしてビーカーその他の実験器具が教具として用いられます。あるいは社会科歴史分野の授業で明治維新を教える場合、その基本的史実や性格、歴史的意義といったことが教育内容とされるとき、それを把握し理解するために必要なさまざまな資料や記述が教材とされます。そしてそれを提示するために必要な掛図、スライド、OHPなどが教具として使用されます。
もちろん同一物が教材でも教具でもあるということが少なくありません。例えば、教科書は教材ですが、そこに記載された内容が教材なのであって、文字や図表や絵などが印刷された紙を綴じた物体としてだけみればそれは教具です。地図にしても、地図の見方や記号などを学習させる場合には教材ですが、歴史学習のために地図を使用するときには教具となります。このように、教具はつねに物質的具作物であり、物的側面を指す用語です。

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教育内容と教材の区別も実際にはそれほど明瞭ではありません。例えば、社会科教科書の歴史叙述それ自体や数学科教科書の方程式の解き方の叙述などは、教材であると同時に教育内容でもあります。しかし、教育内容と教材のそれぞれの概念を相対的に区別しようとすることには一定の意義が認められます。
第一に、教育内容の科学性や系統性と、学習者の認識過程の法則性との両者の統一をいかにはかるか、という点での意義です。科学の系統性を踏まえて教育内容を提示しさえすれば学習者は必ずそれを認識するということにはならないし、他方、学習者の側だけを注目して、その興味を軸に教育内容を編成しようとする経験主義的な立場では、科学の系統的教授が否定され科学的認識の成立を不十分にしてしまいます。そこで、特に科学や技術の教育においては、教育内容としては、自然、社会諸科学が蓄積してきた成果にもとづいた系統的編成を志向するとともに、その教育内容を具体的に示す教材の選択と配列については、学習者の経験や興味をも踏まえ、認識過程の法則に即した教授学的工夫をこらすことが必要になります。
第二に、教育内容が一定されても、それを学習させる際に使用する教材の選択にはなお幅があります。例えば、溶解を教えるときに、教科書では石けん水の実験から入るものが多いが、食塩水や砂糖水から入ったほうが、「溶解とは白く濁ること」という誤った認識に導びかないということが民間教育研究のなかで明らかにされています。したがって、学習指導要領や教科書の内容による枠組のなかにあっても、具体的な教材の選択、創造、配列において、教師自身が主体的、自主的に工夫することの意義はなお非常に大きいといえます。
水道方式の算数教育では、教具としてのタイルがきわめて重要な意味をもっています。こうした教具の創造、開発が追究されなければなりません。近年、教育工学にもとづく教育機器導入が政策的に進められています。この場合に機器の使用が第一義的に位置づけられてしまい、教師が機器に従属してしまうような現象もあります。教具に対して、それを使用する教師の、教授学的原則を踏まえた主体的姿勢が重要であるといえます。

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