教育評価

教育評価は教育活動の不可欠の要素です。その教育活動は教師が教育目的や教育目標にそって行う実践です。教育実践が教育の目的や目標に照らして正しかったかどうかなど価値判断を伴った行為がたえず要求されます。このような行為が評価です。この評価は教育課程のあらゆるところで要求されるため、学年や学期の終りにだけに認められるものではありません。もちろん価値判断を伴う教育評価は「教育の目的以外に使わない」という観点、いいかえれば学校では子どもの発達に奉仕し、子どもの主体的な自己形成をはげますという目的以外に用いないことが要求されなければんりません。つまり子どもの成長発達に無縁な社会的要求や価値尺度によって到達度を数量化し、序列化することは本来の教育評価ではありません。また教育評価というものは教師にとっては彼自身の教育実践にたいする自己点検であり、子どもにとっては自分がどのような点でつまずいたり、間違っているのかを指摘されることによって自己の新しい選択能力を仲ばすための指導を受ける機会を用意してもらうというような意味に位置づけられるのです。
以上の点で日本の教育現実をみると差別選別を助長するような教育評価(能力主義的評価)とその手段(相対評価法など)が存在します。

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法制上、学校における教育評価については児童生徒の学籍および学習の過程、結果を記録した表簿である指導要録が直接、問題になります。その問題の内容としては教育の本質からみて指導要録の性格、目的とその様式決定権の所在についてでしょう。
文部省は、今日の指導要録の目的ないし機能について、児童または生徒の学籍ならびに指導の過程および結果の要約を記録し、指導および外部に対する証明等のために役立たせるための原簿、いいかえれば児童、生徒の指導のための資料と外部に対する証明の原簿という二つの目的を付与しています。
戦後の教育の根本的転換を経るなかで、戦前の児童生徒に対する天皇制教育の実施を忠実に記録する戸籍簿的傾向の学籍簿はその性格や日的において否定されました。これに対して戦後初期の指導要録は、一応子どもの成長発達を保障する指導上必要な原簿として位置づけられました。確かに戦前に比べ、ー定の前進を認めながらも、しかし実際には正規分配曲線のもつ問題性や本来の趣旨に反する対外証明の機能の傾向をすでに潜在的に有していたことも忘れてはなりません。その後、指導要録はさきの二重性格が付与され、教育上の資料というよりも行政上管理上の資料としての比重が強まりました。しかし一九六九年以来の通信簿論議、指導要録の様式に対する批判を通してそれらの改善へのとりくみが、不均等ではあるが全国的にすすんできています。
指導要録の様式について、文部省はその通達で成績評価のやり方や表示方法などを示していますが、これは法的拘束力をもたない指導助言行政の一環としてみるべきです。しかし現実にはこんにちにおいても府県によっては基準設定権、指導助言権以上の権限が行使されています。
文部省は指導要録の様式などの決定権は公立学校にあっては地方教育行政法二三条一号、四号、五号、九号の教育委員会の職務権限(学校管理権、学齢児童の就学・入学・転学・退学に関する権限、学校の教育課程・学習指導・生徒指導・職業指導に関する権限、児童の保健などに関する権限)を法的根拠として市町村教育委員会にあると述べています。この教育委員会の決定した様式に従って、校長が指導要録を作成する義務を課せられているというのです。また文部省は府県教育委員会に対しては、同一の府県内で、各市町村ごとに指導要録の様式があまり大きく差があることはその公簿としての性格からも望ましくないのでそれに関する府県の基準を示す措置をとらせているのであるとします。
以上の文部省の見解から、文部省はいうまでもなく府県教育委員会にも指導要録の基準設定権、指導助言権以上の権限が認められたいことがわかります。つまり法的拘束力をもった権限行使は許されないわけです。要するに教育評価のように、特に指導要録の様式などのような価値的内容にわたる事項に対する教育行政機関の関与は、権力的介入はいうまでもなく、指導助言行為であっても、それが一方的職権的に子どもの教育実践にたずさわっている教師のなんらかの同意を得ることかくこれが行われるなら、事情によっては、不当な支」となりうることに注意しなければなりません。
市町村教育委員会に指導要録の様式などの決定権があるという点については、成績評価が教師の教育実践の最も基本的な一環であることを重視するならば、また教育委員会の学校管理権が教育活動のすべてを規制しうる「包括的支配権」を意味しないものであるなら、指導要録の様式などの決定権は各学校の教師集団に存するものと解するのが妥当です。したがって市町村教育委員会についても指導助言権以上に様式などの決定権は存在しないといえます。むろん現実には教師集団の主体的条件等にかんがみ、指導要録の様式の作成について教育行政機関、とりわけ府県教育委員会の基準設定権が民主的な手続過程の形成の保障とかかわって正しく行使されていくことになります。
通信簿は、現行法規上に根拠をもつ学校表簿ではありませんが、児童、生徒の学習活動の評価をはじめ、成長、発達の状況を記録し、教師と父母の協力関係を強めるのに役立つものとして重要な機能を果たすものです。学習活動や成長発達の資料という点では指導要録と基本的には同じ性格や機能であるといえます。
入学者の選抜等の資料としての内申書(調査書)については、特に現在の高校入試制のもとでは教育評価の観点からみて、否定的な影響をおよぼすものとして批判されている。能力主義や選別の具に結びつく五段階相対評価法などによる内申書はこれを廃止し、教育以外には使用しないように真に教育活動に役立つものに改める必要があります。
小・中・高校では、各学年の課程の終了または卒業を認めるにあたっては、児童生徒の平素の成績を評価してこれを定めなければなりません。このさいの進級、卒業の認定権者は校長である とみる傾向が強いが、教有権の独立説ではこの認定は基本的には学習の主作者である児童生徒に直接責任を負う教師集団をはじめ学校全体による成績評価であるから、校長を会社職員会議に決定権があり、校長は学校代表権、対外的表示権を有するものと解されています。

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