教育委員会制度の意義

教育委員会制度を憲法、教育基本法体制の全体構造のうちに位置づけて考えようとするとき、旧教育委員会法制定当時、当時の文相が次のように述べていたことが想起されます。
「新憲法のかかげる主権在民の原理と地方自治の本旨とにかんがみ、かつまた教育基本法の明示する教育の国民全体に対する直接責任の原則を実現するために、ここに地方教育行政制度の根本的刷新が断行されるに至ったのである。」
これらは、教育委員会制度を構成する憲法、教育基本法上の教育行政制度原理として、地教行法下の今日、現行法制のわくを踏まえたうえで、なお一層重視される必要があると考えられます。
教育委員会制度は、国民主権原理と地方自治の本旨 の教育行政における具体的形態です。憲法学の当時の通説やその後の動向とは異なって、地方自治の本旨が国民主権原理を基底に把握された事実が注目されますが、それは、少なくとも教育の分野では、国民主権原理が「人民が一般意思を決定する」という原則、国民それ自体が意思能力をもち、主権行使の主体であるという意味に解されるに至ったことを示しています。かかる主権の行使を保障するために、教育委員会制度は、市町村を地方自治の基礎単位と位置づけ、教育事務を市町村に優先的に配分し、市町村で処理するに不都合な事務を順次都道府県、国へと積み上げる重層的な事務、権限の配分方法と、教育委員会の組織、運営上のシステムとして、委員の公選制とリコール制、会議の予告主義と公開の原則などを採用したのです。かかるシステムをもつ教育委員会制度は、当時の森戸文相が述べたように、教育の国民全体に対する直接責任原理の実現形態でもあります。したがって、国民主権原理に規定される地方自治の本旨は、教育行政において直接責任原理を不可欠の内容とするとみられます。しかも、それは、地方自治一般に解消しえない教育制度に固有の内容と構造をもつと考えられるのです。

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立法者意思によれば、教基法一〇条一項は「国民主権主義を基調とする新憲法治下の教育と国民の関係を明らかにしたもの」で、「直接に」とは、「直接に国民の意思と直結し、中間の介入物を排して国民の教育的関心を直接に反映していくことが必要である」ことを意味します。したがって、一〇条一項は、教育と国民との関係が国民代表制を媒介とする間接責任関係に解消されるものではないことを示しているといえます。戦後改革の教育立法史に則してみると、法律で教育を国の事務と規定する制度すなわち法律の定める教科、法律の委任により行政権が決定する教則、国が編纂する教科書にもとづく学校と教師の教育活動を国の行政機関が監督するシステム、いわば議会主義的な国家教育権の構想を否定、克服する原理、制度として登場したのが、直接責任原理、教育委員会制度でした。一〇条一項に「教育は」とあるのは「教育内容、教育行政及び教育者その他教育の運営担当者等すべてを含」むとする立法者意思は、教育と教育行政の条理上の区別を前提に十分肯定できます。
教育の直接責任とは、第一に、「教育者は官庁組織を通じて間接に責任を負うのではなく」、各学校の自律的、専門的な教育研究、教育実践を通じて子どもや父母に直接に責任を負っていくべきであるという意味に解されます。そのような責任ゆえに、学問の自由と教育の自主性が条理上当然に要請されるのであり、教基法二条、一〇条一項がこれを法定しています。かかる教師の自由、自治権と直接責任原理は相互に拘束し合う表裏の関係にあります。同時に、教師の教育活動、校内教育組織と父母、住民の関係における民主主義が予定されているとみられ、具体的な教育責任、教育要求を相互に検証し合う教師と父母の自治的な協同関係の創出が期待されているのです。
第二に、教育行政の組織と運営のあり方を規律します。教育の直接責任という「教育民主化の根本理念は、教育を少しでも国民に接近せしめる管理制度として地方分権、地方自治を要求する」のであり、国と地方の教育行政機関相互の関係原則を明示しているといえる。それゆえ、教育行政の直接責任実現のためには、市町村優先の事務配分原則の承認が不可欠となります。一般行政との関係では、国民の意思と教育の直結のためには「現実的な一般政治上の意思とは別に国民の教育に対する意思が表明され、それが教育の上に反映される必要がある」のであって、教育が与党政治に不当な支配をうけないための教育行政の独立が予定されています。教育行政の組織、運営の方法としては、「教育の意思決定の主体は国民である」という原則を踏まえた住民自治的システムが要求されます。
第三に、国民に直接責任を負う教育と教育行政の関係の形成原理は、教育の自主性原則です。ここでは、「教育と教育行政の分離」すなわち、教育は「専門性と人俗姓をともなう人間活動として非権力作用であり、教育行政機関による教育行政とは分離して教育界においては第一次的に重要な働きであるととらえなければなら」ず、「教育行政は、教育に対してそれが花咲けるように条件整備していく働きとして重要な任務をになっているという教育条理を十分踏まえる必要があります。そのような教育行政に対する教育の自主性ゆえに、教育委員会と学校の間には原則として指揮命令関係が成立しないのであす。同時に教育行政の活動が、教育の専門性と各学校の実情を踏まえた内容となりうるためには、校内教育組織形成の自主性と教育行政の意思決定過程への教師の参加が不可欠となります。教師の教育行政参加と学校自治は、教育委員会法立法過程での最大の対立点だったことが想起されるのであり、依然それは探求の課題に属するといえます。教育と教育行政の間に、あくまで教育専門的な両者の相互交通関係を形成することは、直接責任体制にとって不可欠な課題なのです。
直接責任原理が内包するかかる諸原理、原則にもとづく教育制度形態は、教育の自治とよぶにふさわしく、それは、教育目的、教育制度法定主義とともに国民の「信託」という憲法上の教育原理の主柱をなすとみられます。戦後改革が、文相の権限を限定しかつ「何々すること」と具体的に規定する一方、教育委員会の権限を「何々に関すること」と概括的に定めたのは、かかる教育自治的な法律関係を予定したからだとみられ、その仕組みの基本は現行法制にも継承されているのです。国民の教育の自由と教育を受ける権利は、かかる教育制度法定主義と教育自治の仕組みを通して保障されることが予定されているのであり、そのような憲法、教基法体制の全体構造のなかに、位置づけて教育委員会制度の組織と運営のおり方を考えていくことが重要であるといえます。
地教行法の制定は、国と地方の教育行政機関の相互関係、教育委員会の組織構成上の仕組み、教育委員会の学校管理関係などの点で教育委員会制度に大きな変質をしいて、国家が教育内容を掌握し全国的、画一的な行政的教育管理のシステムを形成する契機となりました。しかし、地教行法は、教育行政の地方自治、学問の自由、教育の自主性、学校の内部自治や教師の行政参加、学校と位民間の民主主義を直接否定しているわけではなく、それらの諸原理、原則にもとづく民主的解釈と運用の余地も残しています。行政 的教育支配の成立は、教育関係者と国民内部における同意、なかんずく教育委員会の自治立法権を媒介にしてはじめて可能となったのであり、それ故、今日、教育委員会の権限と教育委員会規則の見直しをはかりながら、この同意からの離脱、教育自治創出のための多様なかつ協同の全国民的努力が強く求められるのです。

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