勤労青年教育と教育法

勤労青年教育ということばは、第二次大戦後用いられるようになった比較的新しい概念です。戦前では一般にいわゆる青年教育ということばが、正系の中等教育を享受しえない勤労青年の教育を総称することばとして用いられましたが、戦後当初においては後期中等教育に進学しないで勤労する青年の教育を、そして高校進学率が急上昇し、高校教育が実質的に義務教育化した特に六〇年代以降においては、高等教育を享受しないで勤労する青年の教育を包括する意味内容をもつにいたっています。
勤労青年教育は、結論を先にいえば、働く青年の教育要求、とりわけ中等、高等教育要求に対する一定の対応として、いいかえるなら初等教育の補足として、ないしは中等、高等教育の代位としての差別的役割を果たせられてきたという側面を見逃すことはできません。その意味で、勤労青年教育をめぐる諸問題は、たんに働く青年の教育問題に限定されるべきでなく、中等、高等教育の諸問題をも貫く青年の教育の基本問題としてとらえられる必要があります。

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勤労青年教育の歴史と現状を概観すれば次のようです。
勤労青年教育の制度化は、産業革命の急速な進展のなかで上からの産業資本の形成に必要な安価で大量の労働力の養成を担う低度職業教育機関として設置された実業補習学校にはじまります。つづいて大正一五年、勤労青年にたいする軍事教育機関として青年訓練所が設置されました。一方大正四年から同元年の間に三回にわたり内務、文部両省による共同訓令が出され、青年団は修養団体とされ、勤労青年の修養と公民教育の機能をもたされました。さらに昭和一六年、実業補習学校と青年訓練所はより徹底した軍事教育を実施する青年学校として練合され、すべての勤労青年の就学が義務化されました。
戦後においては、文部省所管では、高校の定時制、通信教育課程、青年学級および各種学校、農林省所管では、経営伝習農場、4Hクラブ、労働省所管では、各種の職業訓練所が設置され、さらに六〇年代以降、文部省の「青年の家」や総理府の「青年の船」を中心とした団体訓練による青年健全育成対策が積極的に推進されるなど、勤労青年を対象とするきわめて多様な制度が拡充、整備されました。
しかし、例えば青年学級振興法は勤労青年に対して「実際生活に必要な職業又は家事に開する知識及び技能を習得させ、並びにその一般的教養を向上させる」ことを目的とし、実質的には青年の自主的な学習活動の官製化を企図したものでしたが、同法にたいする日本青年団協議会の反対運動として展開された「共同学習運動」のなかから、定時制高校充実の要求を含む「勤労青年教育基本要綱」が生まれ、高校全入運動が育ったという事実は、戦後拡充された勤労青年教育制度が必ずしも働く青年たちの教育長求を十全に充足しえているとはいえないことを示しているだけでなく、働く青年と学ぶ青年の二つの教育に青年期教育を分断することの誤謬を鋭く指摘しているといえます。
青年期教育の諸制度をトータルに検討するなかで、青年教育、勤労青年教育と正系の中等、高等教育の矛盾、すなわち青年期教育の分断を止揚、統一することこそ、勤労青年教育を含め、青年期教育の当面する理論的、実践的課題と考えられます。

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