能力の分化

理科的能力とか文科向きとか、よくいわれますが、こういう力は、何歳くらいからはっきりわかるものでしょうか。
まず、理科的能力、文科的能力という分け方ですが、能力をこのように二種類に分けることができるかどうかはなはだ疑問です。
かつて進学適性検査というものが大学入試のために使われたことがありました。その際、理科的適性、文科的適性というものが存在するものとして測定されたのですが、ある年度に不合格であったために、翌年ふたたび進学適性検査を受けた者の資料を検討してみると、前年度には理科的適性が高いと判定されながら、翌年度には理科的適性より文科的適性のほうが高いと判定されるようなこととか、あるいはその逆の場合も多く、理科的、文科的という診断はいいかげんのものであったことが明らかにされています。
また、実際に社会で活躍している人々のことを考えてみても、だれもが文科的な仕事と考えている経済学や心理学の分野では数学がひろく利用されているし、最近では言語学者の仕事の中にも数学者の仕事とほとんど区別のつかない領域があります。このように仕事の内容を分析していっても、簡単に理科的、文科的と分けることは不可能です。
したがって、少なくとも義務教育の段階では、うちの子が理科的か文科的か、というようなことは考える必要がないように思われます。

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例えば計算の非常に得意な子供がいると、とかく親はこの子は数学が得意だからと考えて、将来数学者になることを夢みたりしますが、実際には数学者の仕事というのは与えられた問題を計算して解くことではないから、計算が上手だという理由だけで大学の数学科に進学したりすると、大学の先生がたは困ってしまうということです。大学進学の段階になったならば、文科、理科というような大まかな分けかたではなく、興味や能力からいって何を専攻するのが適当であるかをもっと細かく考えておく必要がありますが、義務教育の段階で偏った勉強をしてしまうのはよくない。
これまでは、大学の文科方面に進学するといっても、その理由は、文科方面の勉強が得意であるためというよりも、理科方面の勉強が不得意であるので、入学試験に物理や数学のない文科のほうを選択する、ということである場合が多かったようです。しかし、これからの社会では、法学部、経済学部を出たから経営者になるというのでは不十分で、技術方面のこともわかる経営者でなくてはなりません。そのことを考えても、理科と文科に義務教育の段階から分けてどちらか一方の系統の教科の学習の手を技いてしまうということには、どうしても賛成できません。
有名なイギリスの物理学者ニュートンの主著である、プリンキピアという書物は、ラテン語で書かれています。当時の科学者は、学問上のことはぜんぶラテン語で読み書きしたのです。語学ができるというだけのことで文科的であると判断することが誤りであることは、こうしたことからもわかるでしょう。
理科的、文科的という区別よりも、むしろ、子供が勉強する際に、順を追って一本道を進んでいくという仕方が向いているか、それとも、途中でそれまでの考え方とは矛盾するような事例にぶつかって絶えず思考がゆさぶられていく仕方が向いているか、といったような思考のタイプに注意を向けるほうが学習指導の役に立つでしょう。つまり、どんな種類の能力があるか、と考えるよりは、どういう勉強の仕方が向いているか、というように考えることのほうが大切です。

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