学科の好き嫌い

小学校の三年生ですが、この頃、学科の好き嫌いがひどくなり、嫌いな学科などは本を開こうともしません。どうしたらよいでしょうか。
学科の好き嫌いがあまりにも極端であれば、それは一つの問題となるにちがいありません。小学校時代の教科内容は、どれ一つをとってみても、人間の基礎知識としてある程度まで欠かすことはできません。極端になったら、将来、困ることです。
もう一つ、この年齢では、いろいろな能力が相互に袖いあうものだから、どれか一つがお話にならないくらい苦手であれば、他の分野での力もそれに足をしばられて進展していかないことが起こりうります。分数の考え方を身につけていれば、四分音符を理解するのも容易になるでしょう。だから、算数と音楽が無縁だとは決していえません。極端な場合を考えて、国語能力がまったくなければ、教科書を読むこともできず、ほとんどどんな教科も学習することはできないでしょう。
以上のように、小学校の段階ではどの学科もある限度までは習得しておかなければならないことは明らかです。しかし、だからといってどれもこれもみんなよくなければいけないかといえば、それには大きな疑問が残ります。

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現在の日本の教育界では、どの学科もみな同じようによくできる生徒が、いちばん理想的な優等生だと考えられています。果たしてそうでしょうか。
こういう考え方の底には、やはり入学試験の影響が強いように思います。入学試験では、すべての教科について問題を出し、その総得点で合格、不合格を決めるから、いつのまにか、どの学科もみなよくできる万能型完全優等生が理想とされるようになったのでしょう。
ですが、考えてみれば、人間は好き嫌いがあるのが当然ではないでしょうか。学科についてたって同じことがいえます。どれかが好きでどれかは嫌いなら、いきおい好きなものはよくやるけれども、嫌いなものは力を技くのが、これまた当然です。好き嫌いはあるのだが、良い成績をとるためにどれもみな我慢して一生懸命勉強し、優等生になろうという態度は、それほどほめられていいことでしょうか。
こうやっていくと、ある意味での勤勉さは養われるかもしれませんが、この子にとって、勉強とは外から強制されるものであるし、面白くないものであるということにもなるでしょう。万能型優等生主義はもっと思い切って考え直す必要があるように思います。その代りに、子どもの自発的、知的な関心にもとづく勉強をもっと大切にしたい。低学年のうちは、多少偏っていてもでも追いついていけるならそれで差し支えはないでしょう。高学年になり、自分の目標を達成するためには嫌いな教科の勉強も必要であることを自覚したら、自然にやるようになるのではないでしょうか。
体育嫌いの場合も、どうもやむをえないように思います。体力も運動神経もなく、内向的というような子供は、どうしても優劣がすぐ目につく体育は苦手で嫌いになってしまいます。
問題は、体育でどうしても良い成績をとらなければならないのかどうかです。この子には他の長所を伸ばしていきたいと思うなら、多少のことには目をつぶったほうが良いのではないでしょうか。母親がうるさくいえばいうほど、かえって体育の負担が増すばかりだろう。もし、どうしてもというのなら、体育クラブにでも入れて鍛えるより他にしかたがないでしょう。

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