本が嫌い

小学校二年生の男子ですが、本を読むのが嫌いで、マンガくらいしかみません。夕方は、毎日テレビにしがみついています。こんなことでよいのでしょうか。
現代は、情報化社会の時代などといわれています。こんな言葉に良く表われているように、私たちのまわりは各種の情報の洪水だといえます。子供についても、事情は同じです。
テレビ時代を迎える以前には、子供に情報を伝える媒体は、主として書物であり文字でした。また、それが子供の娯楽のもとでもありました。少年少女雑誌や童話などが、大きな楽しみを作っていたのです。
ところが、今日ではどうでしょうか。子供にもたらされる情報の種類も量も、飛躍的に増加しています。テレビはいうまでもないし、マンガ雑誌はかつての文字による雑誌にとって代わる位置を占めています。月刊誌は週刊誌に代わっているし、雑誌の種類も多い。学校でも、視聴覚教材が大量に使われるようになってきています。
そればかりではなく、娯楽の質や最もまた拡大しています。旅行にネットにと、子供の楽しみも拡 がっていくのです。こうなると、読書は、情報を伝える媒体としても、娯楽の担い手としても、その比重が大幅に低下するのを免れません。

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たしかに、現代っ子の読書量は昔より多いとはいえませんが、以上のような情況を考えてみると、やむをえないことであるように思われます。親は自分の子供時代を想い出し、いまの子供が本を読まないことに不安を感じるのですが、今や、娯楽多可時代のなかに子供は育ちつつあることを銘記すべきでしょう。ことに低学年の子供では、どうしても手軽なテレビのほうにとびつくことになりがちです。
ところで、こういったからといって、それは読書を軽視してよいという意味ではありません。むしろ、情報過剰時代を迎えて、言語や読書の役割はますます重要になっているともいえます。言葉は、思考の働きと密接な関係をもっているし、ある意味では思考力を作っていくものでもあります。さらに、こういう大切な言葉の働きの一つとして読書というものがあるわけだから、これを軽視してよいはずはないのです。
しかも、六、七歳くらいは客観的な思考の働きが芽生えてくるときだから、読書指導のためには大切な時期です。こういう幼い知識欲が読書によって満たされれば、良い読書習慣の基礎となっていくでしょう。
そのためには、まず第一に、子供の興味に即したような本を与えることが必要です。ことに、何かについて子供が疑問や興味をしきりに示すようなら、それに応えられる本を選ぶことが大切です。
第二に、基本的な読む能力をつけてやることが必要でしょう。読む力が乏しいのに読書を強制されては、かえって本嫌いをつくることになりかねません。読む楽しみと読む力とが、同時に養われるようなら申し分ありません。そのためには、おっくうがらずにときどき親が読んでやったほうがよい。ある程度までいけば、多少分からない字があっても、今度は一人で読むようになるでしょう。
それから、親も読書の習慣をもつことが大切です。幼少期ほど、親は子どもにとって一種の模範なのです。その親が本に無関心では、やきもきしても効果は薄い。親自身が読書に喜びをみいだしている姿が、しらないうちに読書指導になっているのです。

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