知能の進んだ子

クラスで特別に知能の進んだ生徒がいます。全体の学習の上で、どのように扱ったらよいのでしょうか。ふつうに勉強させたのでは飽きてしまって、ためにならないような気がしますが。
知能が高いのは望ましいことではありますが、それが直ちに学業成績に結びつくわけではありません。もちろん全体としてみれば知能の高い方が学業成績もよくなります。しかし、個人個人をとると、知能が高くても学業成績のそれ程よくない者もでてきます。それは、学業成績が、知能だけではなくて、他の条件によっても左右されるからです。

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あることを理解し学習するためには、一定の高さの知能がなければなりません。したがって、これは必要な条件といえます。しかし、実際に学習が進むためには次のようなことが影響します。まず性格的に、例えば情緒が不安定で落ちつきがないとか、努力を持続できないとかの場合は、十分な効果を期待できません。また、ある学科への興味や関心が低い場合にも、その学習は進みません。また、環境の条件が恵まれていない場合にも効率が悪くなります。必要な基礎的学習ができていないときには、直ちに次の学習に進むことはできません。その他身体状況、人間関係なども影響します。これらの要因しだいでは、知能が高くても、それから予想される程には学業成績が上らないということが起こります。このような場合には、それぞれの原因を検討し、それに応じた取扱いをする必要があります。
最近、知能の質の違いが問題にされています。いわゆる知能の高低は、知能検査で測定されている。これに対して、新しい思考を展開するような創造性は、やや異なる能力と考えられています。そして、知能テストによる知能は高くても、創造性は低いという場合もあり、そのときは、学業成績そのものは比較的優秀でも、思考の柔軟性、応用力に劣り、ガリ勉型になりやすい。通常の観察で知能が高いとみなされるのは、おそらく創造性も高い場合でしょう。
以上のような点を考慮しても、知能が特に優れており、学習の能率もとくに良いという子供がいたなら、それをどう扱うべきでしょうか。
学校のクラスでは、様々な個人差のある者を集団として対象にするので、どうしても平均的な者を標準にした授業になります。その中では、特に高い能力の者は、力と時間を無駄にし、退屈しがちです。しかし、学習の本質からすれば、各人の能力に応じて、最適の過程と速度で学習が進められるべきです。したがって、高い能力の者はそれに応じて、効率よく学習の速度をあげるのが当然です。そのためには、その子供にちょうど適したカリキュラムが与えられることが必要です。この意味では、各人がそれそれのカリキュラムに従って自由にどんどん学習を進めていくことが理想的です。このやり方は、現在の学校の条件のもとでは非常に制限されますが、プログラム学習やティーチングマシンの活用によって、ある程度可能になるでしょう。しかし、現状の統一された授業のもとでも、能力の高い者には、応用的な課題、関連した課題などを補充することによって、内容の理解を深めたり広げたりすることができます。
また、自発的な学習ということを指導し、推進することによって、学校のカリキュラムより高度な教科内容を、あるいは教科とは別の関心ある領域を、子供が独力で開拓し、学習していくようにすることが望ましい。
なお、クラスの集団活動の中など、対等の人間関係における社会的態度を形成する場面では、特別に扱うべきではありません。

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