バレーや踊り

八歳の女子ですが、友だちといっしょにバレーを習いたいといってききません。私は、あまりバレーや踊りに興味がなく、習わせても仕方がないと思っているのですが、子供がとても熱心なので、どうしようかと迷っています。
バレーが早教育に適した対象であることは、経験的に知られています。実際、バレーの専門家になるためには、三、四歳の頃からそれこそ血のにじむような厳しい訓練を受けなければならないといわれています。鋭いリズム感覚、しなやかで強い筋力、鋭敏な運動神経、はては、バレーに適した体型に至まで、一つ一つが計画的に長い年月をかけて作りだされていくのでしょう。このような技能の教育は、なるべく早い年齢から始め ることが好ましい理由はうなずけます。また、長い間に、一定のトレーニングの方式も確立されているのでしょう。本問が、バレーの専門家の道に進ませたいということなら、なるべく早く、しっかりしたバレーの指導者につけたらよいという答えになるでしょう。
しかし、この場合は、専門家としての修業を望んでいるわけではないよです。この子のバレーヘの関心がどの程度かは不明ですが、母親のほうは明らかに、それを否定しているからである。すると、問題は、バレーをこの時期に始めることの可否ではなくて、子供の関心をどのように扱ったらよいかということになります。

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何かを習得するための基礎は、その子のなかに育っていい自発的な関心です。このような自発的な関心は、いつしかでき上ってくるようにみえるのですが、やはり、様々な環境条件の側にあります。豊富な音楽的環境のもとに育ち、たえず音楽的刺激を与えられている子供は、いつしか、美しい音とは何かを知り、さらに美しい音楽を求めるようになります。門前の小僧は、習わぬ経を読むようになるのです。
この見地からすると、たえず子供の身近に与えられているものが、関心の基礎になるわけだから、いちばん大切なのは子供の家庭環境ということになるでしょう。そのなかに、この場合、子供のバレーヘの関心を養うようなものがあるかどうかが問題なのです。特に母親は女の子にとって一種の模範となる人間だから、母親の関心のおり方は子供の関心を大きく左右します。
むろん、こういったからといって、母親の関心が万能なわけではありません。子供の年齢が進むにつれて、影響を受ける人物や事件の範囲も広がっていきます。そのなかには、決定的な興味の根となるものもないことはありません。
本問の場合、察するに、子供の側の動機はバレーそのものというより友だちからの影響ではないでしょうか。もしそうだとすると、これが根本的な関心となる可能性は薄いので、いまのところは漠然たる憧れに止まっているような気もします。
いずれにせよ、別に悪いことではないのだから、子供の興味がどこからでてきているかをよくつきとめたうえで決めたらよい。とても良い友だちだから、そのつきあいのためにというだけで満足できるなら、それでもよいでしょう。むしろ、背のびした期待を抱かないだけましなのではないでしょうか。

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