発見学習

これからの学習法は、詰め込み方式を止めて、発見学習でなければいけないという話を聞きましたが、発見学習とはどんな方法なのでしょうか。
発見学習を主張する人々は、発見という言葉を二様の意味に使っています。一つの意味は、勉強の仕方としての発見です。昔は、「身体髪膚これを父兄に受くあえて毀傷せざるは孝のはじめなり」というような文句を覚え込ませるのが典型的な教育の方法でした。病気をしたり、ケガをしたりすると両親がとても心配するというような体験から出発するのではなく、これこれであるぞ、と教えこんでしまいます。子供の興味、関心、体験などといったものから出発するのでなく、教える事柄はきまっていて、それをことばで教えてしまう、というやり方が有力でした。それでは本当の身についた知識にはならないから、大人の知っている法則、きまり、結論などを言葉で教えることは やめて、子供に具体例を通じてみずから一般的な結論なり法則なりを発見させよう、というのが発見学習のひとつの主張です。

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発見学習という言葉の中にある発見のもう一つの意味は、勉強の目標としての発見です。最近は、世の中の変化が非常にに激しく、昔のひとの考えたことを学校で教わって丸暗記しておくだけではものの役にたたない。生涯教育ということが主張されるように、みんな一生のあいだ自分の頭と体とを使って学んでいかなくてはならない。このような現代社会では、昔の人が探究の末に得た結論を暗記しておくよりは、新しい事柄に出くわしたときに、自分自身の力で問題を解決したり、自分自身で結論を下したりする能力を身につけておくことがいちばん要求されます。つまり発見能力を養うことが、現代ではいちばん大切なことなのだと考えられるようになってきました。
このように、発見学習とは、自ら発見することによって学ぶことの意味にも、発見の仕方を身につける学習の意味にも使われます。
たしかに、幼児や小学校低学年の子供の場合には、言葉でいろいろと説明してもよく理解できなかったり、とんでもない誤解をしてしまうことが多いから、具体的な経験を通して学ばせることが重要です。
実際の方法としては、一口に発見学習といってもいろいろな形のものがあります。
まず、はじめから問題を与えてしまって、そのうえで観察させる方法もあれば、特に問題は与えずに観察させたうえで、後から「どんなことに気づいたか」と問う方法もあります。いつも会っている人がどんな眼鏡をかけていたかと聞かれてもよく思い出せないことからもわかるように、「見どころ」をはっきりさせないと観察も不確かな、意味のないものになりやすい。だから、あらかじめ問題意識を持たせる方法のほうが有効です。ただし、教育の目標としては、単に外から与えられた問題を解決するだけでなく、問題がどこにあるのかを発見できる能力、問題を自分で作る能力も重視する必要があるので、いつでもあまりにもはっきりした形で問題を与えてしまうことは好ましくない。
また、何を発見するかという点から学習課題を分けると、人名とその作品のように、教師あるいは本によってその結びつかを教えられるほかに方法のないものや、子供の頭の中にできあがっている概念の網から正しい答えを導き出せるような種類の問題もあります。発見学習が有効なのは後者のような場合でしょう。どんな場合にも、発見学習でなければならないということではありません。

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