外でばかり遊びたがる子

 三歳になったばかりの男の子ですが、近ごろ友だちと外遊びに夢中になって、一日中帰りません。少しは落ち着いて、文字や数に関心をもってもらいたいと思うのですが、まったく言うことを聞きません。毎日夕方までまっくろになって遊んでいます。これでよいのでしようか。
 三歳というと、一応言葉の発達がある水準に達して、少なくとも両親との間の日常会話にことかかなくなる時期です。
 ところが、両親というものは、言葉の前に情緒的にわかってしまう部分が多いので、その 言葉は不完全なものです。それが一般の人たちに通用するものになってゆくには、どうしても友だちが必要になってきます。
 友だちどうしの間で使ってみて、はじめて言葉が洗練されてゆくのです。
 幸いなことに、三歳児というのは、もう一方で社会性が急激に育ってきますから、友だちをしきりに求めるものです。だから、お宅のお子さんが外で友だちとの遊びに夢中になっているのはごく自然なことといえます。
 社会性とは一種の人間関係のことです。その出発点は、両親との間のやりとりから始まるのは当然ですが、だいたい二歳前後からその両親との接触だけでは満足せず、隣のA子ちゃん、むかいのB男くんとの接触を求めはじめます。
 それが次第に増えていって、二人から三人になり、幼稚園に入るころまでには、近所の子ども五、六人と自由に活発に遊べるというのが標準のようです。

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 どういうものか、日本では、この社会性のような曖昧な能力より、はっきり目に見えるもの、あるいは知的な能力だけに目をむけて、友だち遊びを軽視するきらいがあるようです。
 また、何か遊びというのは無駄なこと、どうでもよいことと考えて、早くから、文字や数字を教えようとしたり、極端な例だと英会話を教えようとするような動きすら見られます。
 日本語も満足にしやべれないのに、英会話を教えて、いったい役に立つと思うのでしょう か。ナンセンスとしか言いようがありません。
 日本は、残念ながら、学歴社会であると言われていますし、入学試験というものに勝ってゆかなければならないこともよくわかります。これを全面的に肯定するものではありません。できたら、そういう社会でなくなるようにしたいものです。しかし、現実には存在しています。だから知的なものによけい関心がゆくのもあながち否定はできません。
 だからといって、何か何でも早くから教えればよいというものでもありません。人間には、レディネスといって、一種の準備態制ができていなければ、教えてもすぐに消えていったり、逆効果になってしまうものです。
 たとえていえば、幼児期は、そうした知的なものが十分育つための土台作りの時代なのです。つまり、知的能力という花をりっぱに咲かせるための花壇作りの時代と言えます。
 花の芽が出てきたというわけで、その芽をいじって、ひっぱろうとすると、芽はちぎれて死んでしまいます。むしろ、それはそっとしておいて、花壇に十分に肥料をやることです。
 それが社会性を育てることに当たるわけです。
 例えば、将来入学試験を受けるとしましょう。それにむかって努力する心、それをやる気とも学習意欲ともいいますが、そのやる気や、学習意欲はこの社会性に負うところが多いのです。
 もし、幼稚園へゆくまで、家庭の中でただ両親とばかり生活していたとしましょう。
 幼稚園ではいきなり何百名の子どもたちの世界に入れられるわけです。お宅のお子さんはどういう態度をとるでしょう。
 試みに幼稚園へ行って一日過 ごしてみてください。大人のあなたでも、おそらくのぼせて、頭が痛くなるような感じがするでしょう。
 あのワーワーキャーキャーという一オクターブもニオクターブも高い叫び声。ドタドタドタと走りまわる足音、うっかりしていると、ドンと後ろからぶつかってくる子どももいる。どこかから何かが飛んでくるかもしれない。いたずら半分に誰かが、本人の持ち物をひったくるかもしれない。
 今まで両親と家の中だけですごしていたお宅の子どもにとっては新しい経験ばかりです。両親との間では静かにゆっくりとしたテンポで生活しています。叫び声も高い音も聞こえてはきません。ものが飛んでくることもないでしょうし、わざわざぶつかったり、持ち物をひったくられることもなかったでしょう。
 がそらく、お宅のお子さんは、恐怖と不安とイライラ、驚きのとりこになって、そうした精神的な混乱の渦の中で生活をすることになります。
 やる気どころではない。ただぼう然と他人のやることを見ているだけ、あるいはつねに緊張し続け、まわりに気をつかい、おびえてしまって、心はちぢみあがってしまうことでしょう。
 かくして、何をしても自信のない、引っこみ思案で、ぐず、いくじのない子どもになってしまうことは火をみるより明らかなことです。
 先生の指示もよく伝わりませんし、第一、覚えた文字も数字も何の役にも立たないものになってしまうはずです。
 幼稚園に行く前に、少なくとも五、六大の子どもと自由に遊んでいれば、そこには意地悪をしたり、されたり、競争で負けるくやしさ、勝つ喜び、一番になるうれしさを体験するはずです。
 これが一等の旗をとろうとがんばる心を生み、やがて百点をとろうとがんばる心に変わってゆくのです。
 幼児期には友だちとの外遊び は欠くことのできない成長へのステップです。しかも、この年令でなければ育たないものでもあります。家の中で文字を教えるなどという時間は、まったくもったいないといえましょう。

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