友だちをいじめる

 五歳になる男の子ですが、最近、一緒に遊んでいる女の子の髪の毛を引っ張ったり、年下の男の子を泣かせたり、弱い者いじめをするので困っています。私どもでも、近所の人の手前しかるのですが、なかなか直りません。
 友だちをいじめるということは、心理学的に考えますと、友だちが自分に対して危害を加えるような感じがするために、相手を攻撃して、危害から身を守るという意味と、いつも自分が弱いとか、他人と比べて劣っているという感じが強いので、女の子とか年少の子どもを相手にしていじめて、自分の力を誇示するという心理があるのですが、このお子さんは、どうやら、後者の心理のように思われます。後者の心理、つまり劣等感の強い子の過補償ということですが、このような過補償によってもなかなか精神的には安定しないものなのです。つまり問題の本質は、劣等感にあるわけですから、この劣等感を何とかなくすようにつとめてみることではないでしょうか。
 一般に、このような劣等感は、何か他人と比べてはっきり目立って劣っていることがあるので出来るというものではなく、本人が今までに何かと周囲の人たちから感じさせられてきたことから生じてくると言われてます。五歳児であるお子さんは、まだそう多くの人だちと接してきたわけではありませんから、母親の影響が大きいのではないでしょうか。一般に幼い子どもたちの劣等感というものは、母親から叱られたり、欠点を指摘されることが多いというところから出来てくるようです。もしそうだとすると、お子さんが毎日不安を感じて、自分自身の力をおかしな形で発揮しているとい う状態を推察して、心から落ち着いて暮らせるようにしてあげたいものだと思うのです。

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 しかし、いくら母親から欠点を指摘されても、友だちいじめという行動が現れてこない子どももいるようです。内にこもってしまうというか、いわゆる内向的な態度の見られる子どもです。つまり、同じように親から叱られても、子どもによって反応が違うという状態が見られるのです。これはどういうわけでしょうか。ひとつには子どもにとって親という手本があるからなのです。もちろん手本どおりになるという意味ではありませんが、叱られているうちに、いつしか叱っている親と同化してくる精神の働きもあるわけで、それが女の子とか年下の弱い子どもにむかって発散させるということになるわけです。人間の感情は、いつも同じような起伏をもって生じてくるのではなく、時には興奮がつのり、過剰な感情を示すこともあるのです。サディズムは人間誰しもの精神に内在しているとも考えてよいと思うのです。それを上手にコントロールしていくことを覚えることが発達の一面でもあると思うのです。親としても誰も悪い親になろうと思う人はいないのですが、人間としての弱さが、子どもにとって悪い親を作ってしまうことになると思うのです。一例ですが、いつも不満や不安を感じている親が、他人の大人にむかって、それを発散させることが出来ず、わが子をその犠牲者にすることしか出来ないとしたら、わが子にむかってサディスチックないじめ方をするようになるわけです。
 ここまで述べてきたら、もうはっきりしてきたことと思いますが、どうも友だちいじめ、なかでも弱い者いじめは、孤独な不安とか劣等感をもっている子で、本人の責任というよりも周囲からの影響、とくに母親からの影響が非常に大きいものと考えてよいと思うのです。ですから、こういう子どもをただしかりつけてもよくなるものではなく、人間として暖かな情緒的雰囲気の中で、くつろいでのんびり育てていって欲しいと思うのです。先ほども、親が子を叱ると子か弱い者をいじめるという関係について述べましたが、必ずしも直接、父親なり母親なりの片親とその子どもとの直接的関係だけではなく、夫婦関係によって子どもが影響をうけるということも数限りなくあると思うのです。ですから家中の雰囲気、とくに人間関係がとげとげしくならないように注意することではないでしょうか。子どもに対する家庭での躾は、ただ親が目やかましく言ってきかせるとか、しかりつけることより、つとめて心を安定させて、子どもがよく受け入れやすいようにすることが一番で、家庭内の人間関係をよくすることで、かなりたくさんのことを子どもにわからせることが出来ると思うのです。それには何と言っても、親自ら人間観をキチンとさせることが大切なことではないでしょうか。
 叱るしつけはよくないということを述べてきましたが、それでは全くしからないほうがよいかというと、叱るという行為に限って話をすれば、しからないほうがよいとはっきり言えます。ただ叱るということの目的は、子どもののぞましくない行動を抑制するということです。子どもののぞましくない行動を抑制するということは、当然しなければならないと思うのです。本問あるような「近所の手前しかる」というようなしかり方は、子どもにとってみれば、全くと言ってよいくらい意味のないしかり方なのです。それなら真から怒ってしかる方がよっぽどすっきりすると思うのです。問題は、あなたの人間観にあるのではないでしょうか。例えば、あなたが弱い者いじめという行為を心から良くない人間として劣ったことだという気持ちをもっているとすれば、わが子が、そのような人間になりつつあることを心から恐れ、悲しむのではないでしょうか。子どもとすれば、近所の手前しかるというようなしかり方をする親に対して、少しも自分が悪いと思わないでしょうし、世の中は、この親のようなうわべをとりつくろうということですましてしまっていいと思うようになっていくかも知れません。本当に、今人切なことは、純粋に人間として、人を大切にすること、それに反することを激しく憎むこと、そしてわが子に心から訴え、わからせることだと思うのです。

友だちの選び方/ 友だちにいじめられる/ 友だちをいじめる/ 友だちとすぐケンカになる/ 仲間外れになる/ 友だちに嫌われる/ 友だちをえり好みする/ 友だちのまねばかりする/ 友だちの言いなりになる/ 友だちの悪口を言う/ おせっかいやき/ 親の気に入らない友だちとつき合う/ 気に入らないとすぐ噛み付く/ ボスになる/ 異性の友だちとだけ遊ぶ/ 友だちができない/

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