親の気に入らない友だちとつき合う

 小学生の男の子ですが、日ごろから乱暴な子とっき合っているようで、ハラハラしています。なんとかもう少しおとなしい子とつき合ってほしいのですが、いってもききめがありません。このままでは、うちの子までも乱暴な子になってしまうのではないかと心配しています。こんなときどのようにしたらよいのでしようか。
 子どもが自分の気にいらない子どもとつき合っているのを知って不安を感じたり、あまり良い気持ちを持たない親がいます。
 口に出して言わないまでも、もっと良いお友だちと遊んでほしいと思っている親は案外多いのではないでしょうか。幼稚園時代までは、遊びに行く範囲も親の生活圏内に留まっているし、ある程度お友だちの選択も親にとって可能ですが、子どもが小学生にもなると、手の打ちようがなくなります。学区域というものは意外に広く、教室で生活を共にする子ども仲間は幼 稚園時代にくらべておどろく程多様になってきます。子どもは偶然に、あるいは選択的に友だちづき合いを広げていきますし、生活時間も親の目にふれない時間が長くなります。だんだん自立してきて親がいなくても日常的には不安や不自由を感じたりすることが減り、子どもは大幅に自由を獲得します。親は自分の知らない子どもの生活、自分が手出しを出来ない子どもの生活がふえてくることで心もとなさもつのります。そんは時、自分の好ましくない子どもからわが子が影響をうけていると思う と、ますます心配が大きくなります。このような親の気持ちは、追求してみると二つの側面をもっているようです。

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 親は自分の子どもの姿に自分なりに理想を描き夢を託しています。気にいった洋服を着せ、気にいった本を与え、自分の希望どおりに子どもが感じ、考え振る舞うことを、無意識に望んでいます。子どもが親の力にすがり、親の延長のような生活をしているごく幼い間は、この親の夢もかなえられるかにみえるでしょうが、発達が進み子ども自身の好みがはっきりしてくる時点で、親とのくい違いが明らかになってきます。あるお母さんが「テレビのお笑い番組だけは我慢がなりませんわ」と吐き捨てるようにおっしゃっていたことがありますが、テレビが気にいらないというより、大事な子どもが汚されていくような感じがなさったのだと思います。このことは宿命的に親が耐えなければならない辛さなのです。どんなに大事な子どもでも自分とは違う人間なのです。人間が違えば趣味も好みも違います。年齢的にも大きな差があるし、育っている環境も親とは違います。何を良いと感じ魅かれていくかは子どもの問題で、友だちの選択も例外ではありません。真に人間にとって大事な事柄だけは、親の責任としてしっかりと伝えていかなければなりませんが、生活上の大部分のことは、友だちづき合いも含めて、子どもがよければ良いとしなければならないことが多いでしょう。「お母さんは気にいらない」と表明することは自由ですが、その場合も理由をきちんと伝えれば、お母さんが大事にしている価値観が子どもに伝わるでしょうが、ただ気にいらないというのでは子どもの反発を買うのみになりましょう。
 立派な友だちから良い影響を得て良い子どもになってほしい、好ましくない友だちから悪い影響をうけることは避けたい、というのが子どもの安全無事を願う親の本音でしょう。でもそれは非常に単純な考え方です。親の望みとしては十分理解できますが、現実はもっと複雑で、多様な刺激や欲求が交錯する中で、思いもかけない原因と結果が生じるのです。読書好きにしようと思って小さい時からふんだんに良い本を用意したけ れど、子どもは本にかこまれすぎて逆に興味が育たなかったり、本が身近になかったから、本に対する興味がますますつのった、というようなことがよくあります。女らしく育てようとして女の子だけの学校に入れたら、その中で男役をつとめるようになってしまった子どももいます。長い間かかって子どもの心の中に育ってくるような事柄は、思いどおりに結果を得ることなど簡単ではないのです。友だちも同じことです。立派な友だちには気遅れがしてのびのびつき合えないけれど、しかられてばかりいるような友だちには、気が許せて率直なつき合いが出来るのかもしれません。乱暴な子どもと共にいて、気弱な自分が励まされることもあるでしょうし、弱い友だちをかばうことで自分の立場が出来ているのかもしれません。相反するものに魅かれたり、不足するものを補いあったりということが、人間関係には多いのです。大事なことは、どんな友だちとつき合うかということではなく、どんなつき合い方をしているか、どんな関係が成り立っているのかということです。むしろ、子どもがどんな友だちを選ぶかをよく見て、子どもの心を理解しようとするぐらいの大きい目が必要ではないでしょうか。悪い友だちでもないよりましだと言われるぐらい子どもにとって友だちは大事です。親は早々と友だちを限定するのでなく、多くの友だちとつき合えるように、幅広く受け入れてあげてほしいと思うのです。
 非行の仲間に入っているらしいというような時は、やはりほっておけません。しかしこのようなことは、単に悪い友だちとつき合ったからそうなったというような簡単なことではなく、その子どもとつき合ったことによって満たされる、あるいはそこでしか満たされない子どもの心の渇きのようなものがあるはずです。これは友だち関係の問題以前の親子関係、家庭生活そのものに問題の根があることが多いのです。親の好みの問題でなく、本当に心配な友だちづき合いをしていると感じたら、そこで子どもが何を求めているのかを知り、それが別のもっと好ましい形で満たされるよう考えねばなりません。このような場合、子どもが求めているものは、子どもが生きていくうえに不可欠なもので、それを満たすには親が自身の生き方を変えなければならないような場合も往々にしてあるのです。

友だちの選び方/ 友だちにいじめられる/ 友だちをいじめる/ 友だちとすぐケンカになる/ 仲間外れになる/ 友だちに嫌われる/ 友だちをえり好みする/ 友だちのまねばかりする/ 友だちの言いなりになる/ 友だちの悪口を言う/ おせっかいやき/ 親の気に入らない友だちとつき合う/ 気に入らないとすぐ噛み付く/ ボスになる/ 異性の友だちとだけ遊ぶ/ 友だちができない/

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