親を批判する

 小学校六年生の男の子ですが、親をいちいち批判的にながめて非難します。私の子どものときのように従順にしようと思いますが、どのようにしたらよいのでしようか。
 子どもにいちいち批判的な目でみられることほど親にとって暮らしにくいことはないのではないでしょうか、特に小学校六年生ともなると、ある程度客観的な見方も出来ますから、時には「子どもの言うことなんて」と知らん顔をする訳にもいかない痛烈な内容を含んでいたりします。生活の隅々まで知られているうえに、心を許しきっている相手だけに仕末が悪いと思われるでしょう。

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 親を批判するにもいろいろな内容が含まれています。小学生ぐらいの子どもの場合、一応、日常的には親から独立し、いちいち親の手を借りずに生活出来るようになり、親とは別の人間関係の中で、知識も豊富になり、ちがった考えや暮らし方に出合って、うちの場合とよその場合をくらべたり、理想と現実のギャップを感じたりするようになっています。このような中でお母さんにはこうあってほしいという気持ちが、親からみると批判的な言葉になって表れてくることも多くなる訳です。「たまにはちゃんとお化粧でもしたら」という言葉は「僕はお母さんにいつもきれいにしていてもらいたいんだ」という意味だったり、「テレビばっかりみてるんだから」ということが「もっと緊張感をもって生き生きと生きてはしいんだ」という意味だったりします。子どもの批判に耳をかし、生活を正していくことが自分自身のためになるということだってたくさんありそうです。ただ最近のテレビやマンガでは、人をこきおろしたり、権威をからかったりすることが日常茶飯のことになり、人を批判することが気のきいたことのように子どもたちに受け取られているような時代ですから、子どもの真意をくみとって、耳をかすべきことと、無視すべきことをみわけていくことも大事なのではないでしょうか。子どもが大きくなると親子関係も内容が変わってきます。保護的な役割がへってくるにつれて、一個の人間として、子どもの批判に耐え得るよう努力していく姿を子どもにみせることが出来るかどうかが、将来とも子どもの尊敬を得ていくうえで分かれ道になるように思われます。
 もう少し子どもが大きくなると、事態はもっと深刻になります。いわゆる思春期と呼ばれる時期は、精神的な発達からみると、親からうけついで来た価値観を再検討し、自らの価値観を確立していくという大事業をなしとげなければならない時期だからです。
 子どもは生まれてすぐから、親の愛情と配慮のもとで成長してきます。その過程でお母さんが大好きになり、お母さんがいれば大丈夫と思い、お母さんは かけがえのない存在として子どもの意識の中に根をおろしてくるにつれて、お母さんの喜ぶことが良いことで、お母さんがいけないということは悪いことだ、という善悪の基準が子どもの心に育ってきます。つまり、親を通していかに生くべきかの指針がまず作られる訳です。表面的には、親に反抗したり批判的になっているようでも、それは親の権威に対して自分を主張しようとする試みであって、親から受けついだ価値観は微動だにしなかったのです。
 ところが中学生ぐらいになると、それまで依って立ってきた価値観そのものを検討せざるを得なくなるのですが、その価値観には親が深くかかわっていますから、子どもは親自体を見直していかなければならなくなる訳です。これは、親にとっても子どもにとっても辛く苦しいことになりますが、人間らしく生きていくためにはどうしても通らなければならない道筋です。堂々と受けて立ってください。親がいたらないから批判するのではないのです。むしろ、親の権威が強いほど批判も厳しくなるでしょう。こんな時、右往左往しないで、「私はこう考えている」と堂々と自分の生きざまをみせていける親であってほしいのです。これは「だからあなたもこう考えることが正しいのですよ」ということではありません。むしろ「私はこう考えるけれどあなたはどう考えているの」と問いかけ「私と違っても恐れず、自分で納得がいき、責任が持てる生き方を見つけな さい」と言ってあげることではないでしょうか。もちろん、これは言葉のうえのことでなく、すべての言動を通して子どもに伝わっていくことだと思います。
 昔は親に従順にということがとても大切なことでした。これは、日本の縦型社会における価値観を受けついでいかせるために必要だったからと思われます。現在の生活はどうでしょうか。生きていくことに、一定のきまりがなくなり、いかようにも生きられる世の中です。これは逆にいうと自分の生き方は自分で見い出していかなければならないということなのです。おとなしく親の言うことを問いていれば安穏無事に暮らせる時代ではないのです。絶えず「あなたはどう考えるか」という質問をつきつけられながら、その答えを見い出していかなければならない世の中です。これは、大変自由なようですが本当に自立していなければやっていけないことでもあるのです。現代は、そのような厳しさの中で自らの価値観を確立しつつ生きるか、あるいは、自分の考えは持たずに大勢に押し流されて、精神的にはその日暮らしで一生を終えるか、どちらかの道をいかざるを得ない状況なのです。
 たとえ親子であろうと人間が違えば生き方も変わります。親と同じように生きるということは考えられない時代です。親にしても、本当に子どもの幸せな生き方を指し示してあげることなど出未ないのです。立場がちがっても心が通い合うような関係を育てること、いつの世にも変わらない人間としてのわきまえなければならないことを伝えることが親に求められる役割で、同じように努力している人間同士として尊敬の念を持ち合えれば素晴らしい親子といえるでしょう。

父親と母親の意見と態度の食い違い/ 父親の言うことはきくが母親の言うことはきかない/ 親の顔色をうかがう/ 親の言う事を聞かない/ 親を批判する/ 親と話をしたがらない/ 親を脅す子/ 注意するとすぐふくれる子/ 自分の物に人がさわると嫌がるときの扱い/ 口答えする/ 反抗期の子ども/ 兄弟への公平な接し方/ 兄弟げんか/ 弟や妹をいじめる/ 異性のきょうだいのいない子/ お下がりと子どもの不満/ やきもち/ 一人っ子/ 末っ子/ 中間の子/ 長男・長女/ 祖父母と子ども/ 家族としての意識の薄い子/ 子供部屋と家族のふれあい/ 難しい中学生との接し方/ 大学進学問題で親子の意見が対立したとき/ 義理の親子関係/ 離婚したときの子どもの扱い/

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