家族としての意識の薄い子

 我が家では、団らんといっても特別な話し合いなどめったにせず、みんなで一緒にテレビを見るくらいです。これでは、子どもにとって自分が家族の一員であるという自覚がもてないのではないかと少々不安です。どのような方法で家族のスキンシップをはかっていけばよいのでしょうか。
 世の中には、テレビドラマに描かれているような家族の団らんがあると思っている人がいます。結婚する前の男女が、将来、あのような家庭を作っていこうと考えているのかも知れません。そう考えていることは結構なことですが、誰もが、自分の育った家に、あのようなテレビの家族団らんを経験してこなかったのですから不思議なことだと思います。いったい家族の団らんとは何でしょうか。家族が顔をあわせることなのではないでしょうか。家族が顔をあわせれば当然そこにいろいろな出来事がおきてくることになります。子どもさんが幼ければ、親が注意することが多くなるでしょうし、きょうだいでも多ければ、家中いつも活気があって賑やかで大変だと思います。また、子どもさんが大きくなれば、当然ある時期には親の前に顔出しすることを嫌がることになるでしょう。あまり口をきかなくとも安心していてよいということもたくさんあると思います。さて、あなたが今心配しておられる家族の話合いがないという状態ですが、一緒にテレビを見ているという範囲でも、結構団らんがあるのではないでしょうか。本問の文面だけではわかりませんが、家族の皆さんでテレビを見るという状態は、まさか茶の間か映画館の客席のようになっているわけではないでしょう。少なくとも、何か感想めいたこととか、あるいは、歓声とかため息をつきあうこともあるのではないでしょうか。そしてテレビの前後などは当然、お菓子をたべたり、ごろごろしていたりしているのではないでしょうか。何も改まった話をしなくとも、お互いにくつろいで一緒にいられることが出来れば、それは立派な団らんになるのです。

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 これも本問の文面に現れている言葉で、家族の一員としての自覚という言葉があります。この家族の一員としての自覚とは何なのでしょうか。隣の家や、親類に対抗してわが家の結束を求めるならば、何れ対立することさえあれば、わが家としての結束は強まっていくことになると思うのです。そんなことはつまらないことで、別にわが家単位でこと改めて結束を求めるという必要もないと思うのです。それよりも、おそらくあなたが気にされていることは、親子、きょうだいの結びつきではないでしょうか。親子の絆とか、きょうだいの絆の薄いことを心配されるということならわかる気がします。老後の面倒を見てくれとまでは考えなくとも、長く親子の仲の良い関係とか、きょうだいがお互いに助けあうという関係を臨むことは人間として当然と言うべきでしょう。でも、このような人間関係は、家族の集いである団らんから育てられると考えているのは、考え方が浅いのではないでしょうか。それはだんらんも大切な家族の集いであり、ふれあいには違いないと思いますが、むしろ大切なことは、長い間の親子、きょうだいの心のつながりだと思うのです。親から考えてみて、わが子と心のつながりが出未ていないという感じですが、いつも心を許しあって安心しているという感じではないのでしょうか。この辺の親の子への感じ方が大切だと思うのです。
 親しい仲にも礼儀ありという諺のとおり、子どもが成長していくにつれて、当然いろいろと配慮して子どもの立場を尊重すべきでしょう。子どもが幼くとも、どのような感じで暮らしているのかに共感出来て、そこから子どもへの思いやりが生まれてくることが望ましいと思うのです。これは子どもさんが生まれた時からはじまっている親と子の親近感であって、何も改めて考えて出来るものではないのです。スキンシップとは文字どおりに解釈しますと、肌と肌のふれあいということになりますが、大切なことは、相手の心をどのように感じることが出来るかと言うことです。決して、形のうえで手を握りあったり、キッスをしたりということではないのです。家族が一軒の家の中で住んでいる限り、心のふれあう機会は何回もあると思うのです。また反面、お互いに気分を悪くするような機会も、これまた、たくさんあると思うのです。問題は、その一つ一つの機会を、気軽に考えず、いつも親の方から子どもの気持ちを大切にするという姿勢をもちつづけていくことではないでしょうか。ややもすると、わが子だからと言って無遠慮になることがあるようですが、スキンシップとは、お互いに快く感じあえる関係なのだということを忘れないようにして欲しいと思うのです。
 家庭とは、文字どおり家の庭です。庭とは場所の意味です。家族が生活をしている場所こそ家庭なのです。ですから何をさておいても、家族の居心地のよい場所を考えることが大切だと思うのです。このごろのように子どもたちに勉強部屋が与えられると、自分の部屋の中にいる方が自由だからと言って、なかなか茶の間に現れてこないようです。たしかに家の構造によっても親子の接触が得られないという嘆きもあるようです。その点、幼いころに、一大部屋を与えるということはあまり感心出来ないことだと思います。それと同時に、家族の集まる部屋では、皆が思い思いの姿でくつろいで、本を読んだり、テレビをみたり、話したりすることが出来るとよいと思うのです。親子、さようだいが顔をあわせさえすれば、叱り、怒鳴り、ケンカをしあいという感じでは、くつろぐことなど出来ないわけです。まあテレビも時間をきめて、好きな番組を選ばせてみせるという感じで、よい習慣をつけることを考えてみなければなりません。家族のみなが、心地よくくつろいでいられる場所をこしらえるには、単に設備がよいというだけではなく、そこを運営していく知恵が必要だと思うのです。

父親と母親の意見と態度の食い違い/ 父親の言うことはきくが母親の言うことはきかない/ 親の顔色をうかがう/ 親の言う事を聞かない/ 親を批判する/ 親と話をしたがらない/ 親を脅す子/ 注意するとすぐふくれる子/ 自分の物に人がさわると嫌がるときの扱い/ 口答えする/ 反抗期の子ども/ 兄弟への公平な接し方/ 兄弟げんか/ 弟や妹をいじめる/ 異性のきょうだいのいない子/ お下がりと子どもの不満/ やきもち/ 一人っ子/ 末っ子/ 中間の子/ 長男・長女/ 祖父母と子ども/ 家族としての意識の薄い子/ 子供部屋と家族のふれあい/ 難しい中学生との接し方/ 大学進学問題で親子の意見が対立したとき/ 義理の親子関係/ 離婚したときの子どもの扱い/

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