がらくたを集める子

 私の息子は、小学校四年生にもなって、まだ、がらくたを拾い集めています。同じ年ごろの近所のお子さんたちは、もうそんなくだらない遊びをしてはいないようです。みつともないのでやめるようにいっても、なかなかなおらないのですが、どうすれば、がらくた集めをやめるようになるでしようか。
 お母さんは、がらくた集めをくだらないことときめつけていらっしやるようです。そして四年生にもなってとおっしやるところをみますと、四年生ではそんなことをする年令ではないともお考えのようです。
 しかし、四年生にとって、がらくた集めはくだらないことときめつけることはできないのです。がらくたは、大人にとっては値打ちのないものでも、子どもにとってはそれは値打ちがあるからです。
 つまり、価値観のちがいによって、同じものでも値打ちが異なってくるということです。お母さんからみて、がらくたでも、子どもにとってはお宝物かもしれないのです。価値というものは、それを必要とする度合い、需要の程度によって変化するもので、絶対の価値基準はないのです。
 大人からみて価値のないがらくたでも、子どもがそれを集めることに熱中しているなら、それはもはや、がらくたではないのです。本人が価値があると思っている行動は、大人からみてみっともないかもしれませんが、子どもたちはそうは思っていません。
 さて、子どもがいろいろな物を収集するときには、興味の心が動いています。そして集めるときには、同じ種類とか違う種類というように、比較したり観察する心が働いています。そして、分類する心も作用しています。これらの心の働きは大切なもので、勉強とか生活とかに役に立つ心の働きです。
 それを、集める物の値打ちがないという理由でやめさせることは、子どもの興味、比較、観察、分類などという心の働きを止めることになります。集める物自体がくだらなくても、収集という行動は、大いに「くだる」ことなのです。

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 ですから、収集をやめさせることはよくないことです。もし四年生の子どもが、何万円もするような宝石とか骨董品などにしか興味をもたないとしたら、子どもの遊びは大変高価なものについて、とてもおこづかいぐらいではまかなっていかれなくなります。
 安い物、くだらない物で満足して、目を輝やかし、心を動かしてくれるので、親は助かるのではないでしょうか。そう考えたら、がらくた集めもすてたものではないのです。
 しかし、そうは言っても、親としては、もっと価値のあるものに興味や関心をもたせたいと望むことは決して悪いことではありません。ですから、徐々に、ゆっくり、向上させることを考えましょう。がらくた集めを止めさせさえすれば、子どもが直ちに向上心をもつとはかぎりません。
 子どもが大切にしている物を親が軽蔑したり無視したりしま すと、子どもは自分が親から尊重されていないとか、親から愛されていないような誤解をする恐れがあります。そうなりますと、子どもは親の望む方向へ努力することができないのです。
 ですから、集めている物は親からみてがらくた物でも、それを集める子どもの心のほうを尊重して、それを寛大な心で容認することが肝要です。それを認められると、子どもは親が自分を愛していてくれる、自分を大切にしてくれると感じて、こんどは親の望む方向へ向上しようという気持が生まれてくるのです。
 ですから、子どもの机にしまってある物は、たとえ石ころでもビンの栓でも、これを軽蔑することなく、そっとしておいてあげましょう。その集めた物 の価値を認めるというのではなく、子どもの気持を尊重し、子どもの心を大切にしていることを子どもに知らせるためと考えましょう。
 子どもの興味や関心を、もっと価値のあるものに向けたいというのがお母さんの望んでおられることと思います。そのための手段として、くだらない「がらくた集め」をやめさせることを思いつかれたのでしょう。
 しかし、そのような性急なやり方は、たとえてみると、海のレベルに浮んでいる船に、山を越すことを要求するようなもので、それは危いでみてもできないことです。そんな低いところにいないで、早く高い所に昇れと手まねさしても、すぐにはできない相談です。
 しかし、パナマ運河やスエズ運河では、この不可能を可能にしていることはご存知のとおりです。その原理は、運河のレベルとまず海の水位を合わせて船をひきこみ、次に水門を閉じて運河の水を増すことによって水準を徐々に上げていくのです。こうすれば船も山を越すことができるのです。
 この運河方式を、子どもの指導にも応用することができます。つまり、親の望む高い要求の水準を、子どもの水準まで下げることが出発点です。がらくた集めは低い水準でも、それをダメと拒否するのでなく、親の水準をそこまで下げるのです。これが、がらくた集めを是認するとか寛大に扱うことの意昧なのです。
 一般に、子どもの行動をくだらないという理由で拒否すると、子どもを高い水準にひっぱり上げることに成功しないのです。レベルは低くても、悪事や危険なことでないかぎり、それを拒否せず、受けいれてやり、そこで親の心と子どもの心の水準が同じになると、徐々に親の願っている水準に向上させることができます。
 いわば、親と子の間のギブ・アンド・テイク式のやりとりのようなものです。与えて取るという、回り道の運河方式をおすすめします。

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